貴方はわんこ。貴女はにゃんこ。

※翻訳などなどを駆使し英文、そして和訳ですが、正解かどうかはちょっと分かりません。

世の中はギブアンドテイクなのです

深呼吸をして息を整えて、意を決して玄関の扉を開けます。

「只今戻りました」

床に紙袋を置いて土間でブーツを脱いでいると、リビングの方から武藤さんがやって来ました。

「おかえりなさい、朝雪さん……?」

漸くブーツが脱げましたので土間から上がると、いつの間にやら床に置いていた紙袋を拾い上げていた武藤さんが唖然とした様子で私を見下ろしているのに気がつきました。
馨、反応はありました。ぽか~んです、ぽか~ん。

「……どうされました?」

目の前で突っ立っていられても困りますので、声をかけてみます。

「ああ、すみません。出かける前と服が変わっていらしたので……」

武藤さんの手にある紙袋を取ろうと手を伸ばすと、彼は軽やかに腕を後ろに回しました。この人、私に荷物を持たせる気は一切ないですね……。病人相手にムキになるのも如何なものかと思いましたので、抵抗することを諦めて、リビングへと向かいました。

「馨に選んで頂いたんです。私は流行に疎いものですから……似合っていませんか?」

――やってしまいました。
ここは「似合いますか?」と尋ねた方が角が立たないですね。言葉の選択を間違えてしまいました。でも、武藤さんはぽか~んとされていましたから、私にはこの服は似合っていないのでしょうねと自己完結してしまいます。

「そんなことはないです。似合っています、とても可愛いです」

ソファの片隅に紙袋を置いて振り返った武藤さんは身を屈めて、背の低い私に目線を合わせて、にっこりと微笑まれます。

「……社交辞令を有難う御座います」

似合っていると褒めて頂いたのに、嬉しかったのに。私の口は、可愛くないことを言っていました。昨夜の誓いは、一体何処へ――。
ああ、武藤さんのあるはずのない犬耳と尻尾が力なく垂れているではないですか。うう、どうしてこの人が時々大型犬に見えてしまうのか……!

「……何か飲み物を飲まれますか?」

と、しょんぼりわんこさん――もとい武藤さんに尋ねられました。動揺が顔に出ていたのでしょうか、意図的に話題を変えられたような気がしました。
彼の好意を有難く受け取ることにして、「何がありますか?」と尋ね返しました。

「そうですね……温かいものだとコーヒーにココアに紅茶と緑茶、冷たいものはオレンジジュースと牛乳くらいですね……」
「では、ココアにします」

お天気は良かったのですが風が冷たかったので、思っていたよりも身体が冷えていました。そういった時は、温かいココアを頂きたくなります。
ココアの粉はあちらの棚の中にあったはずだと探しにいこうとすると、やんわりと制止されて。

「僕が淹れますから、朝雪さんはどうぞソファへ。少々お待ちくださいね?」

大きな手で私の頭を撫でてから、武藤さんはキッチンへと向かわれます。
むぅ、また甘やかしてきて……。自分でやりますから!と、意地を張りたいところですが、病人相手にムキになるのも如何なものかとも思いますし……(2回目)

「ところで。その服の他にも、何か買われたのですか?」
「え?ああ、はい、冬物の服をあと三着ほど……」

あとは女子には必要不可欠なものも。その、貴方には頼み辛いものを。

「……武藤さんは大人しく寝ていらっしゃいましたか?」

私が留守にしている間に家事などをしていらっしゃらないでしょうね?……うーん、やっていらっしゃるような気がしなくもないです……立派な主夫ですし(?)

「ええ、寝ていましたよ?ですから、熱はすっかり下がりました」
「それは、良かったです」

言われてみると、今朝まであった頬の赤みがなくなっていますね。完治したのでしたら、何よりです。

「朝雪さんにはご心配とお手数をかけました、申し訳ありません」

むぅ、謝りましたね、貴方。そんなこと、言わなくても良いのに。

「……謝罪されることはありません。私が心配したのは御飯の有無だけですし、迷惑をかけられたとも思っておりませんのでっ」

う、また可愛くない物言いをしてしまいました。――反省。
キッチンの方で「御飯……ふふっ」という笑い声が聞こえたのは気のせいだと思います!ええ!

「どうぞ。熱いので、気をつけてくださいね?」

暫くの間そっぽを向いていると、目の前の机に淹れたてのココアが置かれました。

「……有難う御座います」
「どういたしまして」

ふわりと微笑んで、彼は私の対面に腰を下ろします。正座です。
家主の彼がカーペットの上に座って、居候の私がソファに座っています。――おかしいです。

「……武藤さん」
「はい」
「隣、どうぞ」

一人分空いているソファのシートをぺしぺしと叩いて、隣に座るようにとつっけんどんに促します。もう少しだけでも、愛嬌のある物言いが出来ると良いのに。

「良いんですか?」
「良いも何も……ソファは元々、貴方のものではないですか……」

またお嬢様扱いして……と口から出そうになった時、はっと気がつきました。態とそんなことをしているのではなくて、長年の習慣でついやってしまうのかな、と。
――私のこの話し方と同じように。

「では、お言葉に甘えまして」

立ち上がった彼は此方にやって来て、机の上に置いてあるコーヒーカップを移動させてから、静かに隣に腰を下ろしました。
――近いです、肩が触れてしまいそうなほど。
そのことを意識すればするほど、何故だか心臓の鼓動がどんどん早くなっていって。それに耐え切れなくなった私は、馨に提案されたことを思い出し、おどおどとしながら話を切り出していました――心の準備もまともに出来ていないのに。早くやり終えてしまわなければ、と焦ったのでしょうか。

「あの……買い物に行った時のことなのですが。気に入ったコートを見つけたのですけれど……その……お値段が高くて……買えなかったんです……」
「それは……残念でしたね。出かけられる前に、追加のお小遣いを渡しておけば良かったですね。すみません、気が利かなくて……」

だからどうして、そこで謝るんですか貴方は。気が利かないのは、私の方なのに。
ちょっとむかっ腹がたった勢いを借りて、意を決して、彼にお願いをしてみました――が。

「そ、それ、で、あの……そのコートがどうしても欲しい、ので、武藤ひゃん買っれくらひゃい」

――噛みました、ありえない感じで。
それが恥ずかしくて、私は俯きます――きっと顔が赤くなってしまっているだろうから、彼に見られないように。でも、彼の反応も気になるので、こっそりと隣に座っている武藤さんの様子を窺います。
武藤さんは、綺麗な青灰色の目を見開いて呆然としていらっしゃいました。
……矢張り図々しいですよね、居候の身でこんなことを言うなんて。申し訳ありませんでした、以降はより一層身の程を弁えます。
再び視線を下へと戻した時、優しい声が鼓膜を叩きました。

「……良いですよ」
「ふぇ?」

反射的に顔を上げれば、通常よりも無駄にきらきらしい笑顔が待っていました。然もオプションで犬耳と尻尾まで見える気がいたします。重症です。

「お店が未だ開いているようでしたら、今から買いにいきましょう」
「いえいえいえいえいえ!今からでなくても!!!」

立ち上がろうとする武藤さんの肩を掴んで、制止します。

「そうですか?では、何時にしましょう?朝雪さんは何時が空いていらっしゃいますか?」

ズボンのポケットから取り出した手帳を開いて、武藤さんはどこか嬉しそうに今後のスケジュールを確認していらっしゃいます。私は学校の授業と部活動の時間以外は大抵暇な状態なのですが、貴方はそうではない訳でして。

「私は、何時でも。武藤さんの都合に合わせます……」
「となると、次の日曜日になってしまいますが……。その日まで、朝雪さんがお気に召したコートが残っているかどうか……」

確かに。冬はこれからですので、コートは売れてしまう可能性が高いです。でも――。

「構いません。私の我侭をきいて頂くのですから……」
「畏まりました。コートを買いにいくのは、次の日曜日ということで。……朝雪さんが我侭を言ってくださって、僕は嬉しいです」

貴女は周りに気を遣って、我侭を言わない子だから。
そう言って、武藤さんは昔を懐かしむように笑います。

「我侭を言わないのは……貴方の方でしょう……?私は、貴方に甘えてばかりです……」
「……」

私は貴方が我侭を言っているのを見たことがないです。昔も、今も。
それらしいのは、”私を逃がさない”と言った時くらいではないかと。あれも、我侭、と言って良いのかどうか。

「……気に病まれるようでしたら、一つ条件をつけましょうか」

私が納得出来ていないと思われたのでしょうか。武藤さんが、人差し指を立てて、私の顔を覗き込んできました。何かを得る為に何かをするのであれば納得がいくと判断した私は、深く考えずに返事をしてしまいます。

「はい、何なりと」

そして直ぐに後悔するのです。目線の高さにある唇が、意地悪に吊り上ったのが見えてしまいました。

「次の日曜日まで、添い寝してください。毎日」
「……えぇ?」

耳を疑いました、が、聞き間違いではなかったようで。

「久し振りに添い寝をして頂きましたら、思いの外ぐっすりと眠ることが出来まして。御蔭さまで日々の疲れがとれました。ですから、コートを買う条件として一週間の添い寝を提示します。……ギブアンドテイク、というやつですね?」

日本人には有難いカタカナ英語を使って頂きました、有難う御座います。
時折大型犬に見えてしまう美貌の外人の背に、悪魔の翼が生えているような幻覚が見えました。早いうちに眼科に行った方が良いでしょうか?
ですが、ここで大人しく従う私ではありません。駄目で元々!の心意気で、抵抗してみます。

「……添い寝以外の条件は?」
「……何なりと、と、仰っていませんでしたか?」

ええ、確かにそのように申し上げました。うう、言い逃れは出来ません。
あー、とか、うー、とか、意味を成さない言葉を呟いて動揺している私に、彼は苦笑します。意地悪をしすぎたかな、と。

「無理に条件を飲んで頂かずとも結構ですよ。そうで……」
「やります!条件を飲みます!」
「――え?」

続くはずだった言葉を、私は遮っていました。予想外のことだったのでしょうか。武藤さんが目を丸くしています。

「そ、添い寝くらい出来ます!昔はよくしていましたものね!それに貴方は紳士ですから、妙な真似は絶対になさらないでしょうし!」
「……チッ」

あの、今、小さく舌打ちをしませんでしたか?き、気のせいですよね?ね?ね!?

「……それでは交渉成立ということで」
「はい」
「ああ、そろそろ夕飯の時間ですね」

壁に掛けてある時計を見上げて時間を確認すると、武藤さんが立ち上がってキッチンへ向かわれました。手伝います、と申し上げたいのですが悲劇が起こりかねないので自粛致します。
そういえば、未だ宿題が残っておりました。今のうちに片付けてしまいましょう。

――夕飯は食べ終えました。
お風呂も入りました。
残っていた宿題も終わりましたし、明日の準備も万全です。
問題は、これからなのです。昔は、よく添い寝をして頂きました。ですが、私が小学生で、武藤さんが小学六年生~高校生だった時の話です。その自分でしたら、「仲の良い兄妹ね」で済みますが……今は違います。
私は高校生で、相手は大学院生です。間違いが起こってもおかしくはないのです……!ところで、”間違い”って何なのでしょうか。ばあやがよく言っておりましたが、意味はいまいち分かっておりません。
まあ、兎も角ですね。その心配をしなくてはいけないのです。
まあ、あの人は”間違い”を起こすような人ではないと思っておりますが。何せ”微笑みの紳士”――屋敷にいらした奥様方がこう仰っておられました――ですので。
そうと分かっていても、緊張するものは緊張するのですね。また抱き枕にされるのでしょうか。また寝惚け英語攻撃を受ける羽目になるのでしょうか。
私の体温ですっかり温まった布団の中で悶々と悩んでいると、寝室の扉がノックされました。

「朝雪さん、入りますよ?」

家事とお風呂を済ませたのでしょうか、武藤さんが寝室に入ってきました。私は反射的に仰向けで寝た振りを決め込んでいました……我ながら素早い。

「……もう寝ちゃったのか、早いな……」

うーん、普段は敬語ではないのでしょうか?意識して使い分けているのか、無意識に使い分けているのか……どちらなのでしょう?それとなく聞いてみましょうか、いつか。
なんてことを考えているうちに、ぎしっと音を立てて、ベッドのスプリングが沈みました。
――あわわわわ、いらっしゃいましたああああああ。
尽力して寝た振りを続行していると、隣に武藤さんがやって来ました。すると首の後ろに腕を差し入れられて、身体の向きをころんと変えられて、彼の腕の中に収まっていました。
――え?妙な真似はしないと……!?

Good night(おやすみなさい), My dear(僕の愛しい人)......」

何故に英語?
と思った時、おでこに温かくて柔らかいものが触れて、離れていきました。そして私を抱きしめる腕に少し力が入って――暫くして、静かな寝息が聞こえてきました。
今朝は前髪にちぅ。今夜はおでこにちぅ。男性の唇って、柔らかいんですね、ふふ、ふ――。

……。

………………。

…………………………。

ぷしゅうっ。

私は気絶していました。そして、そのまま眠ってしまいました。昔から、寝つきが良いのです、ええ。