夢見るゴリラ

ヤクシニー・ミーツ・ジャパニーズゴリラ

 神々が住まうと伝えられている山の麓には、自然豊かな熱帯雨林の森が広がっていて、其処には薬叉(ヤクシャ)という種族が住んでいる。また、周辺の町や村で生活している人間たちは”ヤクシャの森”と呼んで近づくことも、そのうちに入ることも禁じているという。薬叉は彼らが崇拝している神々に近しい存在であるとされ、また、恐るべき気性と力を持った”鬼神”として畏怖しているからだ。

 人知れず夜の女神(ラートリー)が儚くなり、牛が牽く車に乗った暁の女神(ウシャス)が彼女の残り香を拭い去っていくと、太陽の光が差す明るい世界が幕を上げていく。鬱蒼としたヤクシャの森に朝が訪れ、夜の静けさが薄らいで少しずつ音が生まれていく。それに呼応するように、かなりの年月を経た古木の内より、揺らめく煙のような半透明のものすうっとが現れ出でて、姿を為す。波打つ漆黒の髪に健康的な褐色の肌、そして輝く星を集めて固めたかのような色合いをした目と、四本の腕を持つ薬叉女(ヤクシニー)は眠気を追い払おうとして、背伸びをする。けれども眠気は完全に払い切れていないようで、危なっかしく歩き出すと、沐浴に利用している小さな泉を目指していった。
 耳や首、手首や足首を金属製の装飾品で飾り、その他には腰布しか身に着けていない、上半身裸の状態のヤクシニーの名は、ターラーという。彼女は、ふと、歩みを止めると、こてんと首を傾げた。先程までは鮮やかな緑色に溢れていた景色が、いつの間にか真っ白な世界へと変貌を遂げていたからだ。視認することの出来ない、非常に微細な水蒸気が集まって出来ている霧は、ひんやりとした冷気を持ち、ターラーの美しい肌をしっとりとさせる。

「……じっとりとしている白いのは何?」

 ターラーは四本の腕を滅茶苦茶に動かして、障害物との距離を測ろうとするが、その手にはそれらしきものは触れてはこない。だが、彼女の掌は奇妙なものを感じとった。ターラーの視界を支配している白一色の世界には、善も悪もない力が潜んでいる。
 ――この白い世界は、天人(デーヴァ)の住まう天上界(デーヴァローカ)か、それとも悪しき者どもの住処である地獄(ナラカ)へと続いているのだろうか?
 不意にそんなことを想像したターラーに好奇心が生まれ、目は完全に冴え、そしてそれは彼女の足を動かした。只管に突き進んでいくと、力がどんどんと強く、濃くなっていっているのを感じとる。やがて最も力を強く感じるところに辿り着いたと同時に、するりとすり抜ける感覚がした。ターラーはゆっくりと振り返り、その感覚が何であったのかを確かめようとするが、それは叶わなかった。再び首を傾げたターラーが呆然として突っ立っていると、白い世界に徐々に色が加わっていく。その様子を観察していると、白い世界を構成していた霧が消え去り――彼女の目に、違和感のある景色が飛び込んできた。

「此処は、何処?」

 見慣れた青色とは違う濃度の空の下。見渡す限りに大地が広がっており、遠くに山々が聳えているのが見える。ターラーの体に吹き付ける風は優しく、湿気をそれほど含んでいない為か、さらっとしている。
 暫くの間、大きな口をぽかんと開けていたターラーから漸く言葉が出てきたが、彼女の問いに答えてくれる同族は傍にいない。他の種族も姿が見えない。白い世界の向こう側にあったのは、ヤクシャの森ではない、別の土地。此処は天上界か、それとも地獄なのか。ターラーは思考を巡らせ、そのどちらでもないのではないかと答えを出す。
 熱帯の大地から亜寒帯の大地へと瞬間移動してしまったらしいターラーはいまいち状況が飲み込めず、三度、首を傾げる。すると、ふっと或ることを思い出した。
 ――あれはまだ、ターラーが幼かった日のこと。ヤクシャの一族を束ねている(ラージャ)が年若いヤクシャたちを集めて、昔話などを聞かせてくれていた。その折に、ラージャはこんなことも語っていた。

『常世では稀に不可思議な力が顕現して、此方(こなた)彼方(かなた)を結び付けてしまうことがある。故に此方より彼方へと赴くことが出来るが、それは親しき者たちとの今生の別れを意味する』

 幸いなことにヤクシャにはその力を感知する能力が備わっているので、悲しみに暮れる日々を送りたくなければ、その境には決して近づいてはいけないよ。と、ラージャは続けていた。ラージャの話の内容が紛うことなき真実であるのならば、ターラーは別の世界へとやって来たことになるのだろうか。

(ということは、私は一族の森には帰れないってこと?)

 ちょっとした好奇心に誘われて行動したことで、ヤクシャ一族と永遠に別れることになってしまったのだとターラーは理解した。非常に大事な話をもっと早くに思い出していれば、と、ターラーは悔いたが――悲壮感に打ちひしがれることはなく、存外、けろっとした表情をして前を向いている。
 やってしまったことは仕方がない。嘆いていても元の世界に戻ることは出来ないので、未知なる世界で生き抜いて天寿を全うすることを考えよう。いとも簡単に思考を切り替えてしまったターラーは、なかなか図太い神経をしているようだ。

 ヤクシャの一族は森で暮らしているので、生活の拠点とするのは彼の森と同じような樹木が生えている森が好ましい。悠久の時を過ごしてきた古木が生えていると、尚良い。森の木々はヤクシャたちの住居となるからだ。
 先ずは辺りを散策して、この世界にあるものを目にしていってから拠点とする場所を決めようと考えたターラー。足が止まっていた地点から見えた建物がどんなものであるのかも気になったので、其処を一つ目の目的地として目指していくことにする。目的地の途中には広大な土地を囲んでいる柵があり、その中には白と黒の模様がある大きな乳房をぶら下げている牛が沢山放されている。元の世界の牛と姿形が同じ牛がいることに親近感を抱いた彼女は、暫くの間、自由に過ごしている牛たちを眺める。
 次の場所へと向かうと、透明な膜に覆われた不思議な小屋があったのだが、小屋の外に設置されている不思議な物から耳障りな騒音が聞こえてきたので、堪らなくなった彼女は一目散に逃走する。騒音がしない静かな場所を求めて小走りしていると、向こう側からやって来る人影が見え、騒音への恐怖をあっさり忘れたターラーは足を止めた。干草を載せた一輪車を押しているのは、この世界の人間の青年のようだ。その顔を見たターラーは、何故だか親近感を覚える。下膨れた面長の顔に、涅槃那(ニルヴァーナ)の境地に辿り着いたかのような細い目は、元の世界にいた人間の顔に良く似ている。彼らと違っているのは、肌の色くらいではないだろうか。彼らはターラーと同じように褐色の肌をしているが、この人間の青年は黄味を帯びた白っぽい肉の色をした肌をしている。
 この世界には元の世界と共通しているものが幾つかあるようなので、存外暮らしやすいのかもしれないと分かり、ターラーの表情がぱあっと明るくなる。そうやって安心した途端に、彼女の腹の虫が鳴いた。ターラーは徐に虚空を見つめている青年をじっと見つめるが、食指は特に動かなかったので更に新たな場所を目指すことにする。霊的存在に近いターラーの姿を見ることが出来ない青年は彼女の横を通り過ぎ、何処かへと行ってしまった。

 そうだ、確か奥の方に森のような場所があったはずだ。と、思い出したターラーは幾つかの建物の向こう側へと移動する。その先には森というよりは、人の手が入っているような林があった。故郷の森の樹木とは種類が異なっているようだが、人の手が入っていても自然の生命力に満ちている良い林であると、ターラーは満足気に目を細める。
 ――そうだ、生活の拠点はこの林にしよう。そうと決めると、彼女は次に寝床とするに相応しい気を探し始める――が、暫くもしないうちに何かの気配が近づいてきているのを察知する。危険が及んでいるのかもしれないと本能が告げ、彼女の体が反射的に動いた。持ち前の脚力を活かして大きく跳び上がり、木の上へと退避し、状況を把握しようと努める。
 間もなく、どすどすと足音を立ててやって来たのは猛獣ではなく、いやに毛深い人間の男のようだ。彼は挙動不審に周囲を見渡して、探し物をしているような素振りをしている。

(……アレ、何だか美味しそうな匂いがする)

 彼の体から立ち上っている精気は濃厚で、ターラーの食欲を刺激する。兎に角、捕まえて味見をしてみよう。決意したターラーは木の上から狙いを定めて、人間に襲い掛かる。突如現れたターラーに驚いて体勢を崩した隙に仰向けに押し倒し、抵抗されないようにと太く、毛深い腕を地面に縫い付けて、ターラーは獲物をまじまじと見つめ――きょとんとした。
 彼女が捕獲したのは猿に近いようで多少違うような、人間しては体毛が異常に濃い男、或いは雄だった。

「……猿の亜人(ヴァナラ)?」
『は?バナナ?』

 元の世界にいる猿の亜人に似ているような気がするのだが、何となく違うような気もしてくる。彼らは身軽で華奢な体つきをしているが、捕獲したコレはがっしりとした体格をしていて、彼らに比べると体毛の密度が低い。若しかすると、此方の世界にいる猿の亜人ということなのだろうか。
 コレの種族が何であるのかは気になることではあるが、それよりも優先したいことがある。ターラーの下でぎゃあぎゃあと喚いているヴァナラ(仮)が彼女の姿を認識出来ていることに気が付くこともなく、彼女は早速作業に取り掛かる。
 急に口元を引き攣らせて大人しくなったヴァナラ(仮)の四角くて大きな顔を、彼の腕の拘束に使用していない二本の手でがっちりと捕まえて、ターラーは彼の唇に食らいつき、艶やかな唇と長い舌を器用に使って精気を吸い取っていく。ヴァナラ(仮)の精気の味は果実のように甘く且つ美味で、それは解けるようにターラーの体に染み渡っていく。

「美味、頗る美味。こんなの滅多にお目にかかれない」

 ヤクシャの一族の食料は、自然や人間、亜人、動物の持つ精気。一族が住む森には精気が満ち溢れているのでそうそう空腹を感じることはないのだが、間食をしたくなることもある。彼らは時折森を抜け出し、長に叱られない程度に人間や亜人の精気を吸い取る。ターラーがこれまでにつまみ食いしてきた彼らの精気の中でも、このヴァナラ(仮)の精気は最高の質と言っても過言ではない。そんなものに出会えたターラーの心は、激しく躍るばかりだ。

「堪らない、食べてしまおう」

 口から精気を吸い取るだけでは物足りない。より多くを吸い取ろうとして、ターラーはヴァナラ(仮)の体を撫で擦り、”食事”の準備を始める。用事があるのは主に下半身なので、見たことない形をした下穿きを脱がせようとするのだが、脱がせ方がよく分からず、梃子摺る。一寸考えて、ターラーが導き出した答えは至極簡単。脱がせられないのなら、破いてしまえば良い。怪力を有しているターラーは絶叫しているヴァナラ(仮)の下穿きを易々と破り捨て、ヴァナラ(仮)の下半身は外気に晒されることとなった。

(……体つきの割には小さい?)

 黒々とした剛毛に埋もれているヴァナラ(仮)の男根(リンガ)は想像していた大きさではなかったが、そんなことはどうでも良い。いつの間にやら四つん這いになっているヴァナラ(仮)を後ろから捕まえ、立ち上がっているリンガを指でそっと絡め取り、扱いていく。ヴァナラ(仮)のリンガはとても素直で、一層硬さを増していった。

「嗚呼、とても楽しみ」

 ヴァナラ(仮)の持つ美酒の如き精気に酔いしれ、興奮状態に陥っているターラーの局部は既に潤っている。ヴァナラ(仮)のリンガも大きさと太さはそれほどではないので、前戯を施していない局部でも飲み込むのには苦労しないだろう。ターラーは四つん這いの状態でいるヴァナラ(仮)の体を反転して仰向けにすると、邪魔になる腰布を取り払ってから彼に跨る。血管を浮き上がらせてそそり立っているリンガに自らの局部を宛がい、一気に飲み込んだ。
 熱く熟れたターラーの中が心地良いのか、ヴァナラ(仮)は目をひん剥いて、広めの鼻の穴をより広げて鼻息を荒くし、何事かを絶叫しまくっている。但し、此方の世界の言葉が分からないターラーにはその意味は全く通じていない。

「ん~、小さめだから抜けやすいかと思ったけれど、そんなこともなくて良かった~」

 嘗て、ヤクシャの祖先は文字通りに人間を食っていたという。このようにして精気を吸い取る方法を思いついてからは人肉を食らうことを止め、巧みな性の技を磨いていき、人間を翻弄するようになったのだとヤクシャのラージャは言っていた――ような気がする。と、頭の片隅で考えながら、ターラーは柳腰を動かしてヴァナラ(仮)のリンガを刺激する。そうすると彼の精気はリンガに向かって集まっていき、繋がった部分から濃密な快楽と共にターラーに流れ込んでいく。だが、楽しむ時間は長くはもたず、ヴァナラ(仮)は彼女の体内で果ててしまった。

(……早い)

 まだまだ満たされていないターラーはもっと、この行為を楽しみたい。ヴァナラ(仮)を拘束していた腕を解いて、毛深い腹の上から退いた彼女は、ヴァナラ(仮)の太くて短めの毛深い両足を掴んで広げさせ、黒々とした尻毛に隠れてしまっている秘密の洞窟に指を突っ込み、無遠慮に動かす。それは年長のヤクシニーから教わった、萎れたリンガを復活させる技だ。洞窟の一点を執拗に刺激していくと、リンガは強制的に活力を取り戻し、ターラーは再びそれを飲み込んで、艶かしく腰を動かし、精気を吸い取っていく。

「う~ん、満足。お腹一杯」

 濃密な精気をこれだけ吸い取ってしまえば、当分は空腹に襲われることはないだろう。精気の食い貯めのようなことをしたターラーは満足の吐息を漏らして、ふと、尻に敷いているヴァナラ(仮)の顔を見た。

「……生きてる?死んでる?」

 白目をむいて倒れているヴァナラ(仮)の体を優しく、それから強く揺さぶってみるが反応がない。つい我を忘れて、精気を貪り過ぎて殺してしまったのではないだろうかと、ターラーは肝を冷やしたが、口元に耳を寄せてみると微かに呼吸している音が聞こえたので、失神しているだけのようだった。ヤクシャの一族の掟では人間や亜人の精気を吸い取ることは咎められないが、命を奪うことは許されていない。掟を破ることにならなくて良かった、と、ターラーは安堵の息を吐く。ついでに欠伸もする。満腹になったことで眠気が誘引されたようだ。

「また良いことしましょうね。うふふ」

 下半身丸出しで失神しているヴァナラ(仮)の額にちゅっと口付けて、ターラーは寝床に決めた木に同化して、静かに眠りにつく。
 ターラーが得たヴァナラ(仮)の精気は彼女の体内で分解されて、彼女の栄養となり、彼女が同化している樹木にも染み出して、やがては周りの木々にも伝播していって――自然が持つ生命力が強くなっていく。それはヤクシニーであるターラーが齎す恩恵。
 ――こうしてターラーが迷い込んだ土地――牧場を営んでいる草森家の所有地は知らず知らずのうちに跡取りである長男の稲穂を生贄として捧げることとなり、ヤクシニーの恩恵を受けて、その年もまた次の年も豊作に恵まれることになる。
 問題点は、稲穂が極度の変態であると家族に誤解をされ、結婚が物凄い足音を立てて彼から逃げ去っていくことか。

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