曰くがついてしまっている娘のジュジャンナに突如、結婚話が沸いて出てきた。そのことに父親のカーロイは疑いの目を向けてきた。――娘が再び男に騙されているのではないか、という心配から。
疑念を露にするカーロイにアンドラーシュはとても誠実に対応してくれ、更にはジュジャンナに相談されていた母親のエルジェーベトが支援をしてくれたので、カーロイは最終的にジュジャンナとアンドラーシュの結婚を許可してくれたのだった。
「良かったわね、ジュジ。本当に良かった……」
未来の婿殿とじっくりと話をしたいから、と、カーロイがアンドラーシュを何処かへと連れ出して行った後。その場に残ったエルジェーベトは涙ぐみながら、ジュジャンナに声をかけてきた。碌でもない肩書きを三つも持ってしまったジュジャンナのことを心底案じていたので、娘が幸せを掴めそうになっていることにエルジェーベトは安堵しているのかもしれない。
娘を案じる母親の思いに、いつかのジュジャンナは「世間体を気にして」とか「腫れ物を触るように接するくらいなら追い出せば良いじゃない」と腹を立ててしまったことがある。エルジェーベトの涙を見たジュジャンナは、過去の自分を恥じた。
「……母さん、有難う」
とうとう声を上げて泣き出してしまったエルジェーベトを抱きしめて、ジュジャンナは感謝の言葉を口にした。
両親の次に、ジュジャンナは弟妹たちに結婚の報告をする。彼らも初めのうちはその話を訝っていたが、結婚相手が昔馴染みのアンドラーシュであることと、両親の許しが出ていることを知ると、打って変わって祝福をしてくれた。
「ジュジ姉ちゃんの相手が出来るのはドーリさんくらいだよな。あの人、姉ちゃんが荒んでやばかった時も全然態度変えなかったし」
「僕、あの時ドーリさんを尊敬したよ。心が広いって言うか、度胸があるって言うか……」
四歳下の弟ゾルターンと九歳下の弟ヨージェフが笑い合う。彼らが言ったことは事実といえば事実で、アンドラーシュを褒めているのだが――何となく腹が立つ。ジュジャンナは額に青筋を浮かべ、大人気なく二人の弟を思い切り小突いてしまった。
近頃折り合いが少し悪くなってしまっていた六歳下の妹ロージャはというと――
「結婚が決まって良かったわね。おめでとう、ジュジお姉ちゃん。私も直ぐにお嫁さんにいっちゃうだろうから……娘が全員嫁に行ったら、お父さんが寂しい思いをしちゃうわよね」
と言っていた。彼女は恋人のティボルとの将来を思い描いているようだ。ロージャが幸せそうな顔をして惚気を連発してきても、以前のような妬みが不思議と沸いてこない。きっとジュジャンナの心が満たされているからなのだろう。
ロージャにも幸あらんことを、と願うジュジャンナは微笑みながら「そうね」と返した。
***************
アンドラーシュの結婚申し込みを受け入れてから、三ヶ月ほどが経過した晴天の日。
寝る間も惜しんで自ら縫い上げた、細やかな刺繍が美しい花嫁衣裳に身を包んだジュジャンナは、沢山の家財道具などと共に花婿であるアンドラーシュの家へと向かう。この地域の結婚式はなかなかに大変だ。
家の中では花婿のアンドラーシュと教会から派遣されてきた神父が待っており、ジュジャンナとアンドラーシュは神父の前で永遠を愛を誓う。神に祝福された新婦と新郎が家の中から出てくると、周囲で待ち構えていた人々が一斉に歓喜の声を上げる。そうして、今度は賑やかな宴が始まった。
「ジュジ」
披露宴のとなっているアンドラーシュの家の庭には人が溢れかえっていて、人口密度が非常に高い。高砂で宴会の様子をはにかみながら眺めているジュジャンナはアンドラーシュに声をかけられたので、隣に座っている彼に顔を向ける。
「何、ドーリ?」
「うん?いつ言おうかって迷ってたんだけど、言うなら今かなって思ってさ」
「何よ?」
「綺麗だよ、ジュジ」
目を細めて褒め言葉を口にしたアンドラーシュは照れ臭くなったのか、顔を前に戻した。そんなことを言われるとは思っていなかったジュジャンナは呆気にとられたが、直ぐに真っ赤になり、照れ隠しで「当たり前よ」と言って、彼の脇腹を肘で小突いた。
(目の錯覚かしら?悔しいことにドーリが格好良く見えるわ……)
普段着ている野良着が似合って仕方がないアンドラーシュには、ごちゃごちゃした飾り襟などがついた花婿衣装が似合わないのではとジュジャンナは失礼なことを考えていた。然し実際に隣にいるアンドラーシュを見てみると、思いの外、花婿姿が様になっている。そのこと以外にも、生やし放題でもじゃもじゃしている髭とぼさぼさしている髪が綺麗に整えられているので、アンドラーシュが別人のように見えて仕方がない。
その為か、ジュジャンナは必要以上にどきどきしてしまい、アンドラーシュを直視出来ないでいる。愛を誓い合った時も、つい目を逸らしてしまったくらいだ。
「……ねえ、ドーリ。どうしたのよ、その髭と髪。自分でやったの?」
「ああ、これな。見苦しいからって整えられたんだよ、ジュジの母さんに頼まれたって言うゾリに。髪は問題なかったんだけど、髭がな……。ゾリの剃刀持つ手が震えてるから、かなり怖かったよ……。でも、ゾリも手先が器用だよな。親父さんやジュジと一緒で。格好良く仕上げて貰えて有難いよ」
折角整えて貰っても何日かしたら元通りだけどなと言って、アンドラーシュは髭を撫でつけながら笑う。にかっとした笑い方は見慣れたアンドラーシュのものなので、ジュジャンナはほっと一息を吐いた。
宴はいつの間にやら盛大なものになっていて、賑やか過ぎるほどだ。「今度は婿に逃げられないようにな」やら「他の女に婿さんを盗られないようにな」などと余計なことを言ってくれた酔っ払いに絡まれたりもしたが、様々な人に結婚を祝福されて、ジュジャンナは幸せで胸がいっぱいになる。
(有難う、ドーリ)
春を告げてきた暢気な熊さんに、ジュジャンナは心から感謝する。照れ臭いので、本人には言わないでいるが。
日が沈む頃には宴もお開きとなり、集まった人々はぞろぞろと家路に着く。後片付けを終えた今、新郎新婦はこれから初夜を迎える。
***************
真っ暗な寝室の中、小さなランプの灯りに照らされている寝台に腰をかけている花嫁のジュジャンナは、隣にいる花婿のアンドラーシュに告げる。
「私、こういうことするの、初めてなのよね。だからその……やり方……よく知らないんだけど……」
不倫の経験はあるが、ジュジャンナには睦言の経験がない。相手の男に行為を望まれたことはあったが、『結婚するまでは清い仲でいましょう』と言い張って純潔を守ってきたからだ。
『初夜まで待つのが常識だろ』と言ったアンドラーシュは本当に口付け以上のことはしてこなかったので、ジュジャンナは初めての行為に不安を覚えている。
「お、おう、そうか。えーと、そうだな……俺に任せろ」
微かに震えているジュジャンナを安心させようとアンドラーシュは彼女を抱きしめ、小さな子供をあやすように彼女の背中を撫でた。
夜も更けて、痛いほどに静かな寝室に、二人の荒い息遣いが響く。
「ドーリ、怖い……」
「大丈夫だ、ジュジ。大丈夫……」
アンドラーシュは身の内で滾っている欲望を押さえ込み、不安で身を硬くするジュジャンナを落ち着かせることを優先し、少しずつ強張りを解きほぐしていく。無骨な太い指で優しく触れられ、少しかさついている唇を幾度の肌に落とされていくうちにジュジャンナの体にも熱が溜まっていき、内側が蕩けていくような感覚に襲われる。
「ジュジ。そろそろ……良いか?」
すっかり意気が上がってしまっているジュジャンナが返事の代わりに弱々しく頷くと、アンドラーシュは「有難うな」と言って、彼女の震える瞼に口付けをした。
(これから、ドーリが私の中に入ってくるんだわ……)
ジュジャンナは怖くて仕方がない。初めては痛いのだと話に聞いているが、自分はその痛みを乗り越えられるのだろうか。ジュジャンナは目を閉じて、やわやわと与えられる快感に悶えながら、あれこれと考える。
「落ち着くから、深呼吸してみな。はい、息吸って~、吐いて~」
ジュジャンナの不安を感じ取っているのか、アンドラーシュが唐突にそんなことを言ってきた。何だか雰囲気が壊れたような気もしたが、彼女は大人しくそれに従う。ジュジャンナが深呼吸に意識をとられているうちにアンドラーシュは彼女の細腰を掴み上げると、熱く滾った昂ぶりを蜜口に擦り合わせてきた。熱く硬いものに敏感になっている所を刺激され、ジュジャンナはびくびくと身を震わせる。
(ひい……っ!は、入るの!?あれ、入るの……っ!?)
ついうっかりアンドラーシュの昂ぶりを見てしまったジュジャンナは、恐怖のあまり硬直する。アンドラーシュは彼女の顔の横に手をついて上体を倒すと、「ほら、また深呼吸して。落ち着いて、大丈夫だから」と促してきた。
再びジュジャンナが呼吸に意識をとられている隙を突いて、アンドラーシュは自身の熱の塊を彼女の中に埋め込んできた。身を裂かれるような鋭い痛みと衝撃が強く、ジュジャンナは一瞬、息をすることを忘れた。
「い……たいっ!ドーリの、ばかぁ……っ!抜けえぇ……っ!」
「うん、悪かったよ、ジュジ。でもな、抜いても痛いぞ?」
「何ですって……っ!?」
初めての痛みがこんなにも凄いとは。あまりの痛さにジュジャンナはボロボロと涙を零し、歯を食いしばる。止め処なく溢れ出てくる涙を指で拭い、ジュジャンナの顔に幾度も口付けを落とし、強張る体を撫でるアンドラーシュはジュジャンナの意識を痛みから逸らそうとしてくれている。
そうされているうちに徐々に痛みが和らいできたような気がしたジュジャンナは、ほう、と息を漏らした。
「ジュジ……痛くなくなってきたか?」
「……ちょっとだけ」
「そっか。……なあ、お願い聞いて貰っても良いかな?」
「……何よ」
「動いても、良いか?じっとしてるのが……ちょっと辛くなってきた」
一体何が辛いというのか。ジュジャンナは閉じていた目を開け、覆い被さっているアンドラーシュの顔を見上げる。彼は何かを堪えるような顔をしていた。こういったことが初めてのジュジャンナには分からないが、アンドラーシュには何かしらの事情があるのかもしれないということだけは理解出来た。彼女は逡巡した後、「良いわよ」と返事をする。
「有難うな、ジュジ」
ふわっと笑みを零したアンドラーシュはジュジャンナの唇に自分のそれを軽く重ねると、ゆっくりと腰を動かし始める。初めて暴かれた秘所の中を行き来されると、痛む。彼女が痛みで体を強張らせる度にアンドラーシュは動きを止めて、彼女を落ち着かせてから、再び動き始めるということを地道に繰り返す。
(痛い、けど……でも何か、違う感じもしてきてる……?)
苦しげだったジュジャンナの呻き声が、段々と色を帯びた喘ぎ声に変化していく。それと同時に、アンドラーシュの腰の動きが徐々に早くなっていく。
「ジュジ、痛い、か?」
「あっ、んっ、ちょっと、だけ。んん……っ!でも、ちょっと……きもち、い……?」
「そっか。良かった……」
痛がらせているだけだったら、どうしようかと思った。困ったように笑うアンドラーシュの表情を目の当たりにしたジュジャンナは、思わずときめいてしまった。
(ああ、もう!能天気なくせに、気遣いよねっ。そういうところ……好きよ、ドーリ)
心の中で悪態をついたジュジャンナは、何となくアンドラーシュの整えられている髭を引っ張った。
「ジュジ、ジュジ……ッ」
吐息混じりの熱っぽい声で名前を呼ばれながら、心も体も求められる。形容し難い気持ちが込み上げてきて、胸の中がアンドラーシュへの愛しさで埋まっていき、彼のことしか考えられなくなる。
やがて熱いものが弾け、体の中が満たされていく。その感覚が不思議で、ジュジャンナは恍惚の表情を浮かべて、何処でもない場所を眺めていた。
初めての交わりを終えたばかりで、うっとりとして荒い息をしているジュジャンナを隣に横たわったアンドラーシュが引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。触れ合った肌から伝わってくるアンドラーシュの早鐘を感じ取りながら、彼女は自分の体を撫でてくる彼に身を任せる。それは興奮を煽るものではなくて落ち着きを齎してくれるもので、とても気持ち良くい。ジュジャンナは、よりうっとりとする。
「ドーリ……もっと撫でて。きもちい……」
「……ああ、良いよ」
汗をかいたせいで前髪が張り付いてしまっているジュジャンナの額に、いつのまにか潤い、かさつきがとれていたアンドラーシュの唇が触れる。次第にうとうとしてきたジュジャンナは、彼の腕の中で眠りに落ちていった。
***************
背丈がぐんと伸び、体ががっしりとしてきた十五歳の頃。
母親に頼まれた買い物をしに町中へとやって来たアンドラーシュは、広場で仲良く遊んでいる姉弟たちを見つけた。その子供たちには見覚えがある。あれは確か、両親の知人であるキシュファルディ服店の店主の子供たちだ。
はしゃいでいる四人の弟妹たちを見守っている長女のジュジャンナとは年が近く、顔を合わせる機会がそこそこあるので話もする仲だ。その彼女は、やんちゃな盛りのゾルターンが無茶をすれば颯爽と駆けつけて拳骨を落とし、まだまだ幼い末っ子のヨージェフがちょっとした拍子に泣き出せばこれまた颯爽と駆けつけてその子を泣き止ませようとし、我関せずとお喋りに花を咲かせている妹のボルバーラとロージャに元気に怒ったりと非常に忙しい。
(兄弟が多いってのは大変だなぁ)
遅くに出来た一人っ子であるアンドラーシュは、兄弟の面倒を見ているジュジャンナを尊敬の眼差しで眺めている。するとアンドラーシュの視線に気がついたのか、ジュジャンナが此方を向いた。
「やあ、ジュジ」
「こんにちは、ドーリ。こんな所でどうしたの?」
柔らかそうな赤毛の少女ジュジャンナは、幼さを残しつつもきりっとした茶色の目をアンドラーシュに向けてくる。
「母さんに買い物を頼まれてるんだ。ジュジは兄弟の面倒を見てるのか?」
「そうよ。皆勝手に動くから、面倒を見るのが大変だわ」
はきはきと喋る
「ドーリ。服の袖が破れているわよ」
「え?」
彼女が凝視している右腕を見てみると、確かに袖の辺りが破れていた。何かに引っかかって破れたような跡なので、知らないうちに何処かでやってしまったのかもしれない。
「腕を出しなさい。繕ってあげるわ」
何処からか取り出した手芸道具を手にしたジュジャンナが得意気に言い放つ。買い物を終えて家に帰った際に母親に言って繕って貰えば良い、と彼は考えたが、折角の好意なので彼はジュジャンナに袖を繕って貰うことにした。
「じゃあ、頼むよ」
「任せなさい。繕い物は得意よ!……バーリ、ロージ!ゾリとヨージを確り見張ってて!」
妹たちに弟たちの監視を任せると、ジュジャンナは早速繕い物にとりかかる。服を脱がさずにジュジャンナは手早く、且つ丁寧に破れた袖を繕っていく。初めのうち、アンドラーシュはひやひやしていた。腕に針を突き刺されて、服と一緒に縫われてしまうのではないかと。然しそんなことはなく、彼女は破れた箇所を綺麗に繕ってしまった。アンドラーシュの母親がやるよりも繕った跡が綺麗だったので、とても感心した彼は誇らしげにしているジュジャンナを見た。
「……上手だな、ジュジ」
「これくらい出来て当たり前よ、仕立て屋の娘だもの。でも、父さんの方がもっと綺麗に繕えるわ。私はまだまだね」
生意気な口の利き方はするが、ジュジャンナは意外にも謙虚だ。
「そりゃあ、ジュジの親父さんは町一番の仕立て屋だからなあ」
ジュジャンナの父親のカーロイは非常に腕の良い仕立て屋として、町中に知られている。父親を褒められて嬉しいのか、ジュジャンナは頬を赤くしてはにかみ、何故か鼻息を荒くする。
「そうなの!うちの父さんは凄いのよ!私もいつか父さんみたいな腕の良い仕立て屋になるの!」
キラキラとした目で将来の展望を語るジュジャンナが、眩しく見える。アンドラーシュはそんな彼女を素直に可愛いと思い、にこにことしている彼女に見惚れる。
「……そっか。それじゃあ、ジュジは直ぐにでも嫁にいけそうだな。働き者の嫁さんは喜ばれるから」
「有難う!私、頑張って、お金持ちの顔の良い男の人を捕まえるわ!」
希望に満ちてキラキラとしていた目が、一瞬で欲望に塗れたギラギラとした目に変わったので、アンドラーシュはびくっと身を強張らせる。
(うわあ、目が本気だ……)
アンドラーシュはこの時初めて、女の子って怖い、と思ってしまった。
それが切欠だったのだろうか。アンドラーシュは意識してジュジャンナを見るようになっていた。年頃になり、どんどん綺麗になっていく彼女をアンドラーシュは遠くから眺めていた。成人して間もなく両親を流行り病で亡くしてしまい、途方に暮れていたアンドラーシュをジュジャンナが彼女なりの優しさで慰めてくれた時、彼の心は本当に救われた。アンドラーシュは彼女に伝えられない思いを募らせていくばかりだった。
ジュジャンナに告白をしようと思ったことはある。だが自分が彼女の好みに該当しないことを知っていたし、ふられるのが怖かったので言えずにいた。花婿に逃げられ、不倫をしてしまい、終いには妹に婚約者を盗られる形になってしまったことで傷ついて自棄になってしまったジュジャンナにつけこもうとしたこともあるが、それも出来なかった。
そのまま月日が流れ――ジュジャンナに、いつまでも独身でいる自分の話題を振られた。『皆、見る目がないのね』と言われた時、アンドラーシュは好機がやって来たのではと思い、半分本気で半分冗談で『そう思ってくれるなら、ジュジが俺の嫁さんになってくれよ』と言葉にしてみた。これなら振られたとしても、半分冗談だったのだからと自分に言い訳が出来る。それから、もういい年なのだからそろそろ初恋に別れを告げても良いのではと思っていたのかもしれない。
これでジュジャンナとの当たり障りのない関係は終わりを告げるのだろう――とアンドラーシュは思ったが、ジュジャンナは想像もしていなかった行動に出た。
『ねえ、ドーリ。私に嫁さんになってくれって言ったのは……本気?』
そう言って話を切り出してきた彼女はアンドラーシュの結婚の申し込みについて、あれこれと考えてくれたようで、あれこれと話をしてくれた。彼女が出した答えは、『結婚してからドーリを好きになっていくのも良いんじゃないかって思った』だった。これまでアンドラーシュを全く意識していなかったジュジャンナが歩み寄ってきてくれている。彼はその手を離すまいとして、これからに期待をして、彼女の意見を受け入れることにした。その決断は良い方向に働いたと、アンドラーシュは思っている。
金を持ってそうな小奇麗な顔をした男が好みだと豪語していたジュジャンナは今、それほどは稼いでいない熊男の腕の中にいる。
すやすやと寝息を立てている彼女の顔を眺めているアンドラーシュは、幸せそうに顔を緩ませている。
「ドーリぃ。ボロボロ子供を産んであげるわねー。そうしたら家族が増えるからぁ……寂しくないでしょぉ……」
「……うん。有難うな、ジュジ……」
割と確りした言葉になっているジュジャンナの寝言に、アンドラーシュはより一層顔を緩ませた。
次の日の朝、「体中が痛い!」と新妻のジュジャンナに怒られてしまったので、夫のアンドラーシュは「ごめんごめん」とにやにやしながら謝った。そうしたら青筋を額に浮かべたジュジャンナに、うっすらと髭が生えてきている頬を思い切り抓られて痛い思いをしてしまう。けれどもその痛みすら幸せに感じるらしく、アンドラーシュは笑っている。
ジュジャンナは諦めて溜め息を一つ吐いた――が、次の瞬間には困ったように笑っていた。