ネネとスー

《オマケ》

※本編後の話です。

尻尾カプリッチョ

 ふりふり、ふりふり。
 絨毯の上に胡坐をかいて座っているスーリヤの尻尾が揺れているのを、寧々子はぼんやりと眺めている。

「……ネネ、おかわり」
「あ、うん」

 空になった硝子のコップを差し出されたので受け取り、ポットの中に残っている紅茶(チャイ)を注ぐ。

(ありゃ、ちょっと温くなっちゃってるかも。あたしには丁度良いけど……)

 虎の亜人(ドゥン)ゆえに猫舌なのかと思いきや、熱々の紅茶を平気で飲むスーリヤには少し温くなってしまったそれは物足りなく感じてしまうかもしれない。

「スー、ちょっと温いけど……」
「……ん、良い。有難う」

 僅かに目を細めて、ふっと口角を上げるスーリヤに、寧々子はどきっとする。心が通じ合い、体も繋げるような深い仲になったというのに、未だにスーリヤが時折見せる微笑に慣れない――如何せん、彼は仏頂面が常なので。
 寧々子からコップを受け取ったスーリヤは、紅茶を一口飲むと足元に広げた地図に目を落とす。次の仕事――隊商の護衛――の行路の確認をしているようだ。そんな彼の真剣な表情に見惚れているようで寧々子の目線は、ゆらゆらと揺れている尻尾に釘付けである。

(……ああ、触りたい……)

 少し硬いけれど、スーリヤの毛は触り心地が良い。特に喉元の毛は他と違い長めで柔らかいので、その触り心地の良さに寧々子は我を忘れてセクハラ親父のように撫で回し、彼に怒られることもしばしばあったり。
 基本的にはセクハラ親父――もとい寧々子に体を触られるのを拒まないスーリヤ――それもどうなのという突っ込みは受け付けない――だが、一箇所だけ「勘弁してくれ」という場所がある――あの立派な尻尾だ。
 猫は尻尾を触られるのを嫌がる。同じ猫科の虎――ではないけれど、虎の亜人(ドゥン)であるスーリヤもそうなのだろうなと思った寧々子は、律儀に言われたことを守っていた。そう、守っているのだが――。

(ふかふかしてるんだろうなぁ……もふもふしたいなぁ……)

 無性にスーリヤの尻尾に触りたくなり、妄想に耽ることが稀にあった。
 今は落ち着きながら考え事をしているようなので、スーリヤの尻尾はゆっくりと大きく揺れている。若しかしたら、機嫌も良いのかもしれない。
 ――思い切って、強請ってみようか。

「あのね、スー?」
「んー……?」

 寧々子が呼びかけると、スーリヤは地図から目を離さずに気の無い返事をする。

「スーの尻尾触りたい。……駄目?」

 そう尋ねてみると、彼は黒いアイラインが引かれたような虎の目だけを動かして、寧々子を捉える。暫しじっと彼女を見つめると、再び目を地図に戻した。

「……どうぞ」
「え?良いの!?」
「……ん」

 きっと断られるだろうと思っていたのだが、意外にもスーリヤは許可してくれた。更には親切に体の向きを変えてくれたのだ――寧々子が尻尾に触れやすいようにと。
 何が彼の心に響いたのかは全く分からないが、そんなことはどうでもいい。念願の尻尾もふもふを堪能出来るのだ、彼の気が変わらないうちにやってしまおう。
 ぽすっと寧々子の膝に触れてきた尻尾を、優しく優しく撫でてみる。尻尾の毛は長めで、喉元の毛と感触がよく似ていた。

(ふおおおおおおおおおお!ふっかふかのもっふもふですよ、奥さん!)

 興奮が度を過ぎて、心の中で悶絶する寧々子。顔に出てしまっているかもしれないが、幸いなことに愛しい人は背中を向けている。そのまま振り返らないで欲しいと願うのは、きっと例えようのないほど顔が崩れているだろうからと推測する。
 碌でもない願いをスーリヤが叶えてくれて良かったと、心の底から彼に感謝している割には遠慮なく、寧々子は彼の尻尾に触れる。手の平や手の甲で尻尾を撫でたり、力を入れないように気をつけながら握ってみたりしていた寧々子は或ることを思い出す。
 ――昔飼っていた猫は尻尾の付け根の辺りをぐりぐり押してやると気持ち良さそうにしていたなぁ、と。
 スーリヤもそうだろうか?と、好奇心という名の悪魔が囁いた。
 太く長い尻尾を手の平で辿り、ズボン(シャルワール)に隠れた付け根の辺りを人差し指でぐりぐりっと押してみた。するとスーリヤがぴくっと体を強張らせたので、触ってはいけないところを触ってしまったかと寧々子は焦る。

「ごめん、痛かった?」
「……いや」

 ということは、人間でいうところのツボのようなところを押してしまい、それに体が反応してしまったのだろうか。

「じゃあ、気持ち良いの?」

と試しに尋ねると、「……そうだな」という返事があった。

「そっかそっか」

 其処が何のツボなのかは分からない。然しツボ押しは体に良いのだと、会えなくなって久しい母親が言っていたような気がする。
 背の高いスーリヤは、寧々子や村人たちに合わせて腰を屈めることが多い。若しかしたら腰の疲れをとるツボかもしれないので、優しい彼の為にもツボを押してあげようと考えた寧々子はその辺りをぐりぐりと刺激した。

 ――暫くそうしていると。

「……ネネ」

 と、不意にスーリヤに名前を呼ばれる。

「なぁに、スー?」

 腰のツボ(多分)を押す手を止めないで応えると、彼が振り返り、寧々子を押し倒してきた。
 スーリヤの目元がうっすらと赤く色づいているのは気のせいか。と、寧々子が考えていると彼は薄く笑って、彼女の唇を奪い、深く口付ける。

「寧々子……」

 漸く長い口付けから解放された寧々子の耳元で、スーリヤが熱っぽい声で囁く。

「……昼間から、やらしいことするなよ……」
「へ?どういうこと?あたし、何かしたの?え?」
「……何だ、知らないでやってたのか?ふぅん……」

 耳朶を甘く噛まれて、大きな手に豊かな胸を掴まれた寧々子は、ほぅ、と吐息を漏らす。

「あの、スー?どうしてこうなってるのか、全然分からないんだけど……?」
「……尻尾を触るだけかと思ったら、付け根の辺りまで刺激してくるんだもんなぁ」
「え?そこ、腰痛のツボじゃないの?」
「ツボ?……何だ、それ?それと、俺は腰痛持ちじゃないぞ」

 その様子じゃあ本当に知らなかったんだな、と彼は肩を揺らして笑う。理由が分からず憮然としている寧々子に、彼は教えてくれた。
 ――尻尾の付け根は虎の亜人(ドゥン)の性感帯である、と。
 寧々子の太腿に押し付けられたスーリヤのソレは、確かに熱く硬くなっていた。

「気持ち良いって、そっちの意味かーいっ!?」
「……あん?それ以外に何があるんだ?」
「えぇー……?」

 いやはや、てっきり腰痛のツボだとばかり。いや、考えてみるとアレなツボであることは間違いないのだけれど。

「尻尾を触っちゃ駄目な理由をちゃんと言ってくれたって良いじゃないのよぉ……」

 寧々子はその箇所が性感帯であるとは全く知らなかった。確か動物図鑑では猫科の動物について、そんなことは記載されていなかったような気がする。まあ、子供向けの図鑑なので記載されていたらそれはそれで問題だと思うのだが。

「……人のことをでかい猫扱いしてくるから、知ってるのかと思ったんだよ。それに……深い仲になったんだし、尻尾くらい触られても良いかと思ってな。……何処かの誰かさんは律儀だから、責任とってくれるだろうし?」

 艶っぽい低い声で耳元で囁かないで欲しい。背筋がぞくぞくとして、きゅっと摘まれている胸の先端や、下腹部に熱が溜まっていくのが分かって、とても恥ずかしくなる。

「すいませんっした、猫扱いして!だけど、人間のあたしが虎の亜人(ドゥン)の常識を知っている訳がないと思うのですが、如何でしょうか?」
「……良かったな、勉強になって」
「うん、そうだね……って、違う!ちょ、ちょっと、ス、んん……っ!」

 いつの間にやらシュミーズをたくし上げられていて、露になった寧々子の豊かな胸の頂を口の中に含まれて、ざらついた舌で押し潰すように舐められる。もう片方の胸の頂も少し強めに摘まれて、その刺激の強さに思わず仰け反る。

「んっ、ふ、スー、まだ、お昼、だか、らぁっ!」
「……そうだな、昼だな。まあ、気にするなよ……」
「気にするわ!ひぁ、んっ、此処じゃぁ、駄目……っ!人、来ちゃった、ら、困る……っ」

 太腿の内側をなぞっていた手が止まり、寧々子の胸に顔を埋めているスーリヤが上目遣いで彼女の様子を探るように見上げてくる。

「……じゃあ、何処なら良いんだ?」
「……っ!……し、寝室……っ?」
「……ふぅん?寝室なら……昼間から情を交わしても良いんだな?」
「~~~~~っ!!!」

 色気が駄々漏れの表情と声音のせいで、寧々子の体が過剰に反応してしまう。未だ触れられてもいないのに、秘所からとろりと蜜が零れたのが感じられた。

(やだぁ、あたしの体、どんどんいやらしくなってる……!)

 恥ずかしさのあまり言葉を失い、顔を真っ赤にした寧々子はスーリヤから目を逸らすが、顎を掴まれて強制的に彼と目を合わせられてしまう。

「……ほら、答えろよ……。誘ったのは、寧々子だろ……?」

 いえいえ、そのつもりは全然なかったんです、本当です!ただただ尻尾を触りたかっただけなんですってば!
 と、全力で弁解したかったのだけれど、劣情を孕んだ虎の目に見つめられているうちにその気が失せていく。
 足に触れるスーリヤの熱の塊が欲しくなってきて、体が勝手に震えて、余計に熱を生む。ほぅ、と漏らした吐息は、熱かった。

「し、寝室……連れてって……スー……っ!」

 両腕を伸ばしてそう告げると、スーリヤが唇を三日月の形にするのが見えた。身を起こした彼に軽々と横抱きにされ、寝室へと連れて行かれた寧々子は、彼が満足するまで鳴かされた。

 次からは尻尾には進んで触りません――その気がない以外は!
 と、心に固く誓った寧々子だったのだが――。
 スーリヤの尻尾のあの感触が忘れられなくて、「やっぱり触りたい……」と悶々とすることがその後もあったのだった。

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