北の大地ニヴルヘイムは、"霧の国"と称されるほどに霧の出る日が多い。
そうではない日でも蒼穹は常に雲に覆われ、太陽の光は地上に届き難く、外の面は薄暗く、必然と暗くなる室内は日中でも灯りを灯すことも少なくない。
見慣れた曇天の下、僅かに草木が生えているだけの荒れ野に人影が二つある。
軍服によく似た作りの黒い装束に身を包んだ黒髪の美女に、角と尻尾が生えた白金に近い金髪の少女が抱きついており、美女の豊満過ぎる胸の谷間に顔を埋めている。
―― 一体、何をしているのだろうか?
「ベルト、獲物は近くにいるのかしら?」
真紅の双眸が、徐に空を仰いだ。
紫味を帯びた黒髪を高く結い上げた美女アマルベルガ・マルクスは、艶っぽい声音で誰かに語りかけている。彼女の視線の先の遥か上空――ニヴルヘイムの空を埋め尽くす雲の付近に、烏を思わせる漆黒の翼を背に持つ男が重力を無視して浮かんでいた。
「目標の体長は馬程度、六頭の群れを成して北北東の方角より此方へと向かって移動してきている。二分ほどで、其方の視界に入ってくるだろう」
限りなく黒に近い暗く深い赤色の髪の下にある琥珀色の目は、豆粒ほどの大きさにしか見えない獲物の動きを確りと捉えているらしい。地上を見下ろし獲物の動きを観察しているベルトラム・フォーゲルヴァイデは、感情の色の見えない声で淡々と告げた。
「了解致しました。引き続き、獲物の動向に目を光らせていてくださいな。何かありましたら、随時連絡を」
「了解した」
地上と上空で交わされていた会話を終える。
ベルガは自らの胸に顔を埋めている少女に目を向けると、妖艶な笑みを浮かべた。
「ゼルダ様。ベルトからの報告によりますと、あと二分ほどで北北東の方角に獲物の姿が見えてくるそうですわ」
「ふむ」
蜥蜴のような黒く長い尻尾をゆらゆらと動かして、グリゼルディス・クセーニア・アルファズルはゆっくりと顔を上げ、淡い色合いの碧眼を細める。
「汝のイヤホンから音が少し漏れておったので、聞こえていたぞ」
ベルガの左耳に付いている耳飾りを指で軽く弾くと、ゼルダは彼女の腰に巻きつけていた細い腕を解いた。
「そうですわね、"アルファズル"たるゼルダ様の聴力を侮っておりましたわ」
角と尻尾を持つ種族"アルファズル"は身体能力が高く、五感も非常に鋭い。先の尖った長い耳にそっと指で触れると、ゼルダは擽ったそうに身体を捩った。
「……さて、そろそろ北北東の方角を眺めているとするかの」
アスガルド帝国第四皇女であるゼルダは、故あってニヴルヘイムでの軟禁を強いられている。だが本人は、軟禁先の行為である程度の自由を許してもらっており、その生活をとても楽しんでいた。
そして遂に迎える、明日の夕方に行う予定の"軟禁生活五十周年記念パーティ"の席には、"アレ"が必要不可欠である。大事なおかずを手に入れる為に、守り役であり近衛でもあるベルガとベルトを引き連れて、ニヴルヘイムの荒れ野にやって来たのだ。
久し振りに暴れられるのだと思うと、自然と口元が綻ぶ。
「ゼルダ様。其方は西北西の方角に御座います。北北東は此方になりますわ」
方位磁石で方角を確認していたベルガがはゼルダの両肩を掴み、くるりと方向転換させた。
ゼルダは少々、方向音痴である。堂々と間違えてしまった事が恥ずかしいのだろうか、顔を赤くしてはにかみながら、北北東の地平線をじっと見つめる。
「うむ、ベルトが言っていた通りだの」
天を突くほどに長く伸びた二本の牙を持つ巨大な猪――セーフリームニルが少数の群れを成して、土煙と地響きを引き連れて猛進してきているのが、ゼルダの視界に入ってきた。
セーフリームニルとは、この世界に広く生息している猪の名称である。臭みが少なく肉質が良いこの猪は、この世界では慶事等々の際の御馳走として出される事が多い。
セーフリームニルは本来は豚よりも大きい程度なのだが、ニヴルヘイムや隣の巨人族の国ヨトゥンヘイムに生息しているものは馬と同等、若しくはそれ以上の巨体を持つ。
故に、油断をすると死に繋がることもあるのだ。
(それにしても、殺り甲斐のある大きさだな)
獲物の姿を確認したゼルダは目を輝かせ、尻尾を大きく揺らしながら舌なめずりをする。
「ベルト、戻っていらっしゃいな」
セーフリームニルの群れがゼルダたちの姿を捉え、轢き殺そうと走る速度を更に上げてきた。これならば逃げられてしまうこともないだろうと判断したベルガは、耳飾りに内蔵されているイヤホンを通して、上空にいるベルトに語りかける。
すると直ぐに彼女の側の空間が歪み、その中からベルトが現れる。地上に戻ってきた彼の背からは、いつの間にか翼が消えていた。
「楽しき狩猟の時間である。行くぞ、ベルガ、ベルト!」
鋭い八重歯を唇の隙間から覗かせ、にやりと笑うゼルダは胸の前で拳を打ち鳴らす。
「「御意のままに、我が君」」
ベルガは胸の谷間から鞭を取り出して先端を地面に叩きつけ、ベルトは腰に佩いた長剣を鞘から抜き払い、左手に構えた。
***************
此方と獲物の距離が20メートルほどに縮まったところで、ゼルダが先陣を切って走り出す。荒れ野を吹き抜ける一陣の風の如き速さで一気に距離を詰めると、彼女は大きく跳躍し、空中で一回転をしてからセーフリームニルの脳天に踵落としを決める。
ゼルダの小さな身体からは想像し難いが、彼女は三人の中で最も筋力が強い。大砲にも匹敵する威力を持った踵落としを喰らった猪は、断末魔の雄叫びを上げながら地面の上に倒れ伏した。
「うむ、やりすぎたな!」
力の加減を間違えてしまった所為で猪の脳天は深く陥没して頭蓋骨が覗き、頭の中身が圧迫された事で収まりきらなくなった目玉が二つ飛び出してしまっている。びくびくと痙攣を起こしていたそれは、間もなく息絶えて沈黙した。
一方、戦闘に向いていなさそうなベルガはというと。
「あらあら、逃がさなくてよ?」
猪の首に鞭を巻きつけ、ギリギリと締め上げて窒息させていた。
白目をむき、口から泡を溢れさせている猪の姿に、ベルガは真紅の双眸を満足気に細め、恍惚とした表情を浮かべている。
「ベルガ。一息に殺ってしまった方が楽ではないか?」
長剣の刃に付着した血液を振り払いながら、ベルトが此方へと歩み寄ってくる。彼の背後には、首と胴を分かたれた猪の死骸が二つ転がっていた。
「あら、貴方方だけで事足りているのだから、一頭くらいはあたくしがやりたいように殺っても宜しいのではなくて?貴方の趣味は首と胴を泣き別れにすることでも、あたくしの趣味はじわじわと嬲り殺すことですの」
直ぐに楽にしてやるのはつまらないと言って、彼女は艶然と微笑んだ。その目には、俄かに残忍さが潜んでいるのが窺えた。
「……よく知っている。無粋なことを言って、失礼したな」
「いいえ。謝罪なさらなくても結構でしてよ?」
次の瞬間、二人の間を巨大な何かが凄まじい勢いで通り抜けていき、その先にあった何かにぶつかって、ドゴン、と大きな音を立てた。二人が其方へと目を向けると、其処には岩に激突して絶命している猪の姿があった。
「すまぬ、二人とも。見ておらなんだ。だが、決して態とではないのだぞ?」
両手で猪の死骸を引き摺りながら、ゼルダが歩いてくる。どうやら、彼女が猪を投げ飛ばしたらしい。一つ間違えたら二人を巻き込んでしまっていただろうことに気が付いているらしく、ばつの悪そうな表情を浮かべて、只管に態とではない事を主張している。
「……ふふふ。ゼルダ様、おいたはいけませんわよ?」
ゴキンッ。 首の骨を圧し折られた猪は、声を上げることなく息の根を絶たれた。身の危険を察知して硬直しているゼルダに向けて柔和に微笑んではいるものの、ベルガの全身からはどす黒い負のオーラが溢れ出ていた。
「すいませんでした、女王様」
両手で持っていた猪の死骸を離して、ゼルダは従者に対して最敬礼で謝罪をした。このような場合に陥った時は素直に謝った方が良いと、ベルガとの長い付き合いで覚えたのだ。というよりも、そのように"躾けられた"が正解か。
「あたくしが主であるゼルダ様に憤るなど、ありえませんわ。ただ、一月ほど"おっぱいぱふぱふ"は禁止させて頂きますわね。御仕置きは必要で御座いましょう?」
それは、ゼルダにとって青天の霹靂だった。一気に顔色を失い涙目になったゼルダは、大慌てでベルガに縋りつく。
「御免なさい、御免なさい、御免なさい、"おっぱいぱふぱふ"禁止だけは勘弁してください、それだけは、それだけはぁ~~~!!!」
彼女らの言う"おっぱいぱふぱふ"とは、ベルガの豊満な胸に顔を埋めたりする行為の事を指す。
それを愛してやまない"おっぱい星人"のゼルダは、禁止されることを極度に恐れている。彼女にとって、その行為は精神安定剤の役割を担っているからだ。
(……さて)
従者に対して平謝りしている情けない姿を見せる主を余所に、ベルトは黙々と後片付けをしていた。ゼルダに助け舟を出すと自分にも被害が及ぶのは分かりきっているので、彼は哀れ(?)な主を見捨てて他人の振りを決め込んでいるのだ。
(唯一原型を留めているのは、ベルガが仕留めた一頭だけ、か)
自身が仕留めた二頭は首を落としてあり、ゼルダが仕留めた三頭に至っては、なかなか無残な状態の死骸となっている。まあ、元々食肉にするつもりで狩りにやってきたので問題がないといえば問題はないのだが。
(……しまったな)
セーフリームニルの毛皮は丈夫で物持ちがよく、また、牙は彫刻品の材料に用いられる為、市場では割と高額で取引されていることをベルトは知っている。
使い慣れた長剣にガタがきているので、修理、若しくは新品を購入する代金を毛皮と牙を売って捻出しようと目論んだのは良いのだが、何分気が付くのが遅すぎた。
――使えそうな部分だけでも売りに行ってみるか。
その考えに辿り着いた時、ベルトは後ろから声をかけられた。
「ベルト~、準備は出来ておるか~?」
「……はい」
振り向けば、其処には燃え尽きたような表情をしたゼルダがいた。どうやら、何とかベルガに許して貰えたようだ。
「うむ、戻るとしようかの。頼むぞ、ベルト」
「畏まりました」
ベルトの影がざあっと広がっていき、自らとゼルダ、ベルガ、そして仕留めた獲物たちを飲み込んでいく。その影が消え去った後には、彼らの姿はなかった。
背中に鳥のような翼を持つ種族"スヴァルトアールヴ"であるベルトは、空間を歪めて別の場所へと転移する能力を有している。
彼が操る"闇"に包まれ、そして解放された時、彼らは荒れ野から見慣れた屋敷の裏庭へと転移していたのだった。
「ベルガ、小屋の扉を開けておいてくれないか」
「ええ、宜しくてよ」
彼は"闇"の他に、重力にも干渉出来る。馬ほどある巨体を持つセーフリームニルにかかる重力に干渉して無重力にし、ふわふわと浮かせる。重さを失くした猪の死骸を掴んでは、作業小屋の中に放り込んでいく。
「儂も手伝ってやろう」
傍観しているのはつまらないと、ゼルダは手伝いを申し出たのだが、二人はゆるゆると首を左右に振った。
「丁重に御断り申し上げます」
「……むぅ」
深々と頭を下げて、ベルトがゼルダの申し出を断る。その対応にむかっ腹は立てるものの、ゼルダは咎める事はしなかった。彼がそのようにする理由は、知っている。
大雑把で不器用なゼルダに任せようものなら、折角の御馳走(加工前)は今度こそ、原型が何であったのかさえも分からないグチャグチャの肉塊と化すのは間違いない。
「これらの処理は、ベルトや料理人たちに任せましょう。お疲れではありませんか、ゼルダ様。お茶の時間に致しませんこと?」
居候先自慢の料理長がこさえてくれた美味しいお菓子があると言って、ベルガはすっかり拗ねてしまっているゼルダを宥める。
「……そうする」
「畏まりました。ベルト、後のことは任せますわね」
「ああ」
いつの間にやら"闇"を使って料理人を数人連れてきていたベルトに声をかけた後、二人は母屋へと向かっていった。
***************
裏庭のある北棟と東棟の間にある小道を抜け、曇天の下でも育つ美しい色とりどりの花々が咲き乱れる中庭を通り抜けて、母屋として使用されている南棟へと足を踏み入れる。
ゼルダに与えられている私室は、この棟の二回にある。
中庭へと出る扉の直ぐ側にある階段を中ほどまで上ったところで、二人は柔らかく心地の良いテノールに呼び止められた。
「ああ、良かった。帰っておられましたか」
玄関へと続く廊下の方から歩いてきたらしい長身の青年は、階下から二人を見上げて、にっこりと微笑んだ。
「ルーディ!」
軽やかに階段を駆け下りたゼルダは、彼の前に立つ。ベルガも静かに続いた。
「ゼルダ様、おかえりなさいませ」
「うむ、ただいま」
淡く青味がかった銀髪に金瞳をしたルートヴィヒ・クラウス・ファウストは、恭しく一礼した。そうしたことで眼鏡――牛乳瓶の底の様に分厚いレンズが嵌っている――がずり落ちそうになり、彼は慌ててかけ直した。
「お姿をお見かけいたしませんでしたが、どちらに御出でになられていたのですか?」
「明日の宴の為にセーフリームニルを狩ってきたのだ。六頭も仕留めたのでな、使用人たちにも振舞ってやるが良いぞ」
「畏まりました、そのように致しましょうね。彼らもきっと喜びます。ああ、君……」
「何か御用で御座いましょうか、ルートヴィヒ様」
近くを通りがかったメイドに料理長への言付けを頼んだ彼は、彼女の姿が見えなくなるのを確認してから、ふっと表情を消した。
「如何したのだ、ルーディ?」
人の良さそうな笑みを浮かべている事が多い彼が表情を消す時は、何か重要な事柄がある時であるとゼルダは知っている。
「お伝えしなければならない事が御座います。只今、アスガルドから使者殿がおいでになられまして、ニヴルヘイム公が応接間にて応対なさっておられます。その使者殿が第四皇女殿下に拝謁を許されたいと申しておられるのですが……如何致しましょう?」
"アスガルド"という地名が耳朶に触れた瞬間、それまで楽しそうに口元を綻ばせていた顔が仏頂面へと変化を遂げた。
「……ベルガ、儂の振りをして使者とやらの相手をせよ」
会いたくはないのだが、向こうの目的が何であるのかは知りたい。ベルガに影武者を務めろと命令を出してみたが、彼女は笑顔で首を横に振った。
「あたくしでは御身の影武者はつとまりませんわ。"アルファズル"たる証拠の角と尻尾が生えてはおりませんし、第一、全くと言って良いほどに容姿が微塵も似通っていませんわ」
――特に、胸部が絶望的なほどに。
やはり無理があったかと、ゼルダは忌々しそうに舌打ちをした。
「ゼルダ様は御気分が優れぬようで伏せっておいでです、と申し上げておきましょうか?」
アスガルドの関係者に対して、ゼルダが良い感情を持っていないことを知っているルーディは、対面する事を拒否しても良いのだと進言してくれる。
「否、それはせずとも良い。五十年も放置しておきながら、今更ながらに使者なぞを送ってくるのだ。余程に大事な用があるのだろうて。乗り気はせぬが、会うてやろうではないか」
気に入らない輩であれば、一撃をお見舞いしてくれる。
ゼルダが悪魔のような笑みを浮かべると、断るだろうと踏んでいたベルガとルーディが驚きを顕わにして目を見開いていた。
「ベルガよ、ついて参れ。……儂の傍にいよ」
何でもないかのように振舞っている心算だったのだが、無意識のうちに傍に控えているベルガの袖を掴んでいた。その手は、微かに震えていた。
「……御意のままに、我が君」
主が隠そうとしている不安を和らげようとベルガは微笑んで、袖を掴む小さな手に自らの手を添わせる。彼女の体温が伝わってくることで安心したのか、ゼルダの手の震えは治まっていった。
「……然し、使者とやらは一体何をしに此処へとやって来たのだ?まさか、"アレ"がばれたのではあるまいな!?」
何やら思い当たる節があるのか、ゼルダは蒼白になる。
「"アレ"、とは?ニヴルヘイムやヘルで狩りをなさっておられることですか?そのことでしたら、公は認めておいでですし、"アスガルドに足を踏み入れるな"という約は違えていないのですから、問題はないでしょう」
仮に問題があったとしても、ゼルダの味方であるニヴルヘイム公が笑顔で揉み消すだろうとルーディは言う。
「否、グニパヘッリルの洞窟にある"歪みの穴"を利用して、"中つ国"にあそ……むぎゅっ」
「ゼルダ様、何処に耳があるとも知れませんわ」
白魚のように美しいベルガの手が、ゼルダの口を塞ぐ。だが、ルーディにはゼルダが何を言わんとしたのかが理解出来たようだ。
「……ああ、"アレ"はまずいかもしれないですね。ベルトの力を使っていないから大丈夫だろうと思っていましたが、"ヘイムダル"に感知されていたのかな……?う~ん、僕も共犯の一人に入りますよねえ?どうしようかなぁ……」
「問題ありませんわ、ルーディ。ゼルダ様の好奇心によって引き起こされた事ですもの、罪は全てゼルダ様が引き受けてくださいますわ」
「うむ、儂に任せておくが良いぞ……って、おい!?儂だけが怒られるのか!?全部儂の責任になるのか!?」
ゼルダが慌てふためく様を眺めているベルガは、とても楽しそうに肩を揺らしている。
「こんな所で推測していても、答えは得られませぬ。クソ野郎に対面しないことには、ね」
「ベルガ、"クソ野郎"ではなく"使者殿"ですよ」
「ふふふ。アスガルドの連中なぞ、皆"クソ野郎"で宜しくてよ」
ルーディがそっと窘めると、ベルガは艶然とした冷笑を浮かべる。
(おお怖い怖い)
背筋に寒気が走り、ルーディは思わず肩を竦めた。
「んーむ、そろそろ向かうとするかの……」
漸く応接間に向かう決心が付いたのか、大きく伸びをしてから、ゼルダは其方に向かって歩き出した。その後に続くベルガは、ルーディに会釈をした。
「御健闘を」
「うむ」
振り返る事はせずに、ゼルダはひらひらと手を振りながら、敵と屋敷の主が待つ応接間へと向かう。二人を見送り、一人その場に残ったルーディはふっと暗い笑みを浮かべた。
「可哀想になあ」
最終的には腕力に訴えるゼルダは面倒だし、妖艶な笑みを浮かべながら毒を吐くベルガは恐ろしい。だが、あの場所にはそれ以上に面倒で恐ろしい人物がいるのだ。
「心の傷にならないと良いけれど、あの人」
仮にそうなったとしても、自分の所為ではないので心はちっとも痛まないのだが。
ルーディは徐に踵を返すと、中庭へと出て行ったのだった。