貴方はわんこ。貴女はにゃんこ。

※翻訳などなどを駆使して作成したアイルランド(ゲール)語文、そして和訳ですが、正解かどうかはちょっと分かりません。

触れられても平気な人と駄目な人

期末テストの最中は部活動はなく、学校へと行くのも午前中だけという日もあります。その旨をクィンに伝えましたらば、『遅くなってしまいますが、昼食を一緒に食べませんか?』と誘ってくださったのです。
何でも、アルバイト先の喫茶店の料理がとても美味しいのだとか。それを耳にした私は「はい」と即答しておりました。色恋沙汰よりも、オシャレよりも、美味しい御飯を優先させるのが私という人間で御座います。

『迎えに行きますので、駅に着いたら連絡をしてください』

そう告げられていたので、彼のアルバイト先の最寄り駅に到着した私は改札を抜けると通行人の方々の邪魔にならないところまで移動してから、彼にメールを送りました。
――駅に到着致しました。改札付近で待っています、と。

「……」

メールを送信してから、早一時間。私は改札の前で待ち惚けを食わされております。
メールの送信先を間違えてしまったのか、はたまた送信ボタンを押し忘れてしまったのかと思いましたので確認してみましたが、私は間違いなく彼宛にメールを送信しておりました。記録が残っております。
――忘れ去られているのでしょうか?
いえ、お店が忙しくなってしまって抜け出せないのかもしれません。それで遅くなることが連絡出来ないのかもしれません。
――お昼御飯を食べる約束の日を間違えてしまったのでしょうか?
どこか抜けている私のことですので、その可能性は無きにしもあらずです。
あと三十分だけ待って、それでもクィンがいらっしゃらなかったら帰ることに致しましょう。幸いお財布の中身には余裕がありますので、御飯はコンビニで買っていけば良いだけですし。
ああ、お腹が減ってくらくらします……。

「ねぇ~、君、暇ぁ?」

ぼうっと空を仰いでいると、いやに甘ったるい声が聞こえてきました。声のした方へを顔を向けると、長めの茶髪に耳にピアスをした同い年くらいの男性が立っていました。えぇと、このような方を馨はこう仰っていましたね――”チャラ男”と。
正直に申しますと、私はクィンやお父さん、”おじいちゃん”以外の男性が苦手です。それゆえに身体が強張ってしまい、自然と目線が下がってしまいます。

「い、いえ、人を待っておりますので、暇ではありません……っ」
「うわっ、敬語だし!良いね!ね、俺と遊ぼうよ!楽しませてあげるよぉ~?」

今し方、人を待っていると申し上げたのですが聞こえていらっしゃらないのでしょうか?
私はぽそぽそと話す癖がありますので、若しかしましたら相手が聞き取れなかったのかもしれません。

「人と会う約束をしておりますので、申し訳ないのですがお断りさせて頂きます」

今度は出来るだけ声を大きく、はっきりと申し上げ、頭を下げました。これで引き下がってくださることを祈っていたのですが、相手はなかなか引き下がってくださいませんでした。

「でもさぁ、長い間此処で突っ立ってんじゃん。相手に忘れられてるんじゃね?」

忘れられているのでしたら、それはそれで結構です。私は此処で待つと決めましたので、どうか放って置いてくださいませんでしょうか!?

「あの、私ではなく他の方を誘われたら如何でしょうか……?」
「折角誘ってやってんだから、『うん』って言えよ。そうでもなけりゃ、あんたみたいな古臭いヤツは彼氏出来ないよ~?」

彼氏というものが欲しいと思ったことがないので、余計なお世話です!
下卑た笑いを浮かべたチャラ男は乱暴に私の腕を掴み、何処かへと連れて行こうとします。服越しなので体温は伝わってきませんが、腕を掴まれている感触がとても不快で、鳥肌が立ってきます。

「は……離してください……っ!」
「うるせえな、大人しくついて来いよ!」

力一杯振り払おうとしましたが、男と女の筋力の差でしょうか、それがかないません。
嫌です、触らないでください。
クィン以外の男性に触られるのは嫌です。
溢れ出てきた涙で視界が歪んだ時、第三者の手がチャラ男の腕を掴みました。

「いってぇな、何すんだよ!?」

余程の力で掴まれたのか、私の腕を掴んでいるチャラ男の手が離れて遠ざけられ、私は誰かに引き寄せられました。

「それは此方の台詞です。僕の恋人を何処へ連れて行こうとなさったのでしょうか?」

聞き覚えのある声がしたので見上げると、にっこりと笑っている――但し目は笑ってません――クィンがいました。

「な、何でもないっす!ソーリー、ソーリー!」

突如現れた美貌の外国人――クィンの迫力に気圧されたのか、チャラ男は慌てて逃げていきました。怒り狂っている表情も怖いですけれど、笑顔でもいやに凄みがあると怖いですよね、分からないでもないです。

「……今の男に、変なことはされませんでしたか?」

クィンが身を屈めて、私の頬に手を添えて、心配そうに顔を覗きこんできます。すっかり冷え切ってしまった頬にクィンの大きな手の熱が伝わってきて、貴方に触れられることで安堵した私は「腕を掴まれただけです」と小さく答えました。
そうすると、今度は貴方がほっとしていました。

「遅れてしまって、申し訳ないです。迎えに行こうとしましたら、急に忙しくなってしまいまして……メールの返信も出来なくて……。急いで走ってきたら、朝雪が妙なのに絡まれているので血の気が引きました……」

ふと全身に目をやってみると、彼はウェイターの制服の上にダウンコートを羽織っている状態でした。着替える余裕もないほど、慌てていたのでしょうか?
――良かった、嫌な予感が的中しなくて。
安心したら安心したで再び涙が出てきそうになってしまったので、泣きそうな顔を見られたくなくて、彼に抱きついて胸に顔を埋めます。

「朝雪?」
「……忘れられてしまったかと、思いました」
「……御免なさい。走りながらでも、メールの返信をしたら良かったですね。朝雪が此処にいなかったどうしようかと……凄く焦りました……」

まあ、朝雪の携帯電話にはGPS機能がついているんですけどね?――なんて仰って、ぎゅっと抱きしめてくれました。
先程のチャラ男に腕を掴まれた時は嫌で仕方がなかったのに、クィンに触れられるのは嫌ではなくて、凄く安心します。

「クィン」
「うん?」
「ウェイターさんの格好、似合ってます。格好良いです」

勇気を出して、思ったことを正直に言ってみました。そうすると彼は照れくさそうに笑って、「有難う御座います」と仰いました。通りがかりの女性の何人かが彼の笑顔を直視してしまったようで、腰砕けの状態になっていらっしゃいましたが大丈夫でしょうか。
美形って怖いですね。

「さ、行きましょうか。お腹、ペコペコでしょう?」
「はい、お腹が空き過ぎて三途の川が見えかけてます」
「……急ぎましょうね」

手を差し出されたので、そっと自分の手を重ねると程好い力加減で握られます。強すぎず、弱すぎずの絶妙な加減です。手を繋いで、少しだけ急ぎ足で駅を後にしました。

「ところで、伺いたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
「はい、何なりと」

彼のアルバイト先への道すがら、気になることを訊いてみました。

「私たちは、恋人なのですか?」
「……ごほっ」

クィンがいきなり咽ました。
いえ、先程貴方が『僕の恋人を何処へ連れて行こうとなさったのでしょうか?』と仰っておりましたので、そういう関係だったのかな、と。

「……朝雪は、僕らの関係をどう思っていらっしゃるんですか?」

あらら、質問に質問で返されてしまいました。
私たちの関係ですか?そうですね、以前は”お嬢様”と”子守”でしたけれど今は――。

「貴方が家主で、私が居候です」

それ以外に何かありますか?と尋ねましたらば、貴方は足を止めて、深~い深~い溜め息を吐きました。

「……そう、ですか。まあ、間違っていないと言えば、間違ってはいませんね」

頤に手を添えられて上を向かされると、真摯な青灰色の目と視線がぶつかりました。不思議と目が逸らせません。

「……せめて家主以上恋人未満にしておいてください」

其処から進展していきたいので、早く僕を異性として意識して、好きになってね?と、貴方は麗しく微笑んで、親指で私の唇をなぞります。口付けられた訳ではないのに、そうされたような気がして自然と身体が熱くなってしまって、私は言葉を失ってしまいました。

その後は言葉を交わすこともなく、気が付けば目的地――”喫茶・軽食 Asteria(アステリア)”と書かれた看板のかかっているお店に辿り着いていました。
落ち着いた雰囲気のお店の中に足を踏み入れると、コーヒーの香ばしい香りは鼻腔を擽ります。

(ひさし)さん、戻りました」
「おー、おかえりー」

カウンター席の向こう側でお皿を拭いている男性が振り返り、にかっと笑います。
身長はクィンほどは高くはないのですけれど、とてもがっしりとしたがたいの良い方で、黒々とした立派なお髭をたくわえていらっしゃいます。
何でしょう、熊さんみたいです。

「キュー、その子がお前の大事なさっちゃん?」
「ええ、そうです。朝雪、紹介しますね。この方は店長の恒さんと仰いまして、コメちゃんの一番上のお兄さんです」

切れ長の目をしたクールビューティーなコメちゃんのお兄さんは、人語を解する熊さんのようです。コメちゃんがクィンのことをキューちゃんと呼ぶので、お兄さんの恒さんもそれに倣って、彼をキューと呼ぶのでしょうか。
それにしても、クィンの外見や名前からは容易に想像出来ない呼び名ですよね。何だか可愛らしくて、私は好きなのですけれども。

「初めまして、朝雪と申します」

ぺこりと頭を下げましたら、恒さんは慌てて台にお皿を置いて、御丁寧にお辞儀をしてくださいました。その様子を見たクィンが、ふふっと笑っています。

「此方の席に座っていてください」
「はい」

カウンター席に座るようにと促されましたのでそのようにすると、目の前に温かいココアが置かれました。

「御免なぁ~、待たせちゃって。外、寒かっただろ?サービスでココアあげるよ。それ飲んで身体温めな?」
「有難う御座います」

私が来ることを御存知だったのか、恒さんは頃合を見計らってココアを用意していてくださったようです。お気遣いに深く感謝して、ココアを頂きます――が。

「あひゅっ」

そうでした。私は猫舌でした。
ふぅふぅと熱々のココアに息を吹きかけて冷まそうとしていると、ふと視線を感じます。カウンターに頬杖をついているクィンがにこにことしながら私を眺めていて、そんな彼を恒さんやもう一人のアルバイト店員さんが唖然と、店内にいる数人の女性客がうっとりと見ていらっしゃいました。
――はて、何故でしょう?

「こんにちはぁ~!きゃ~♥いたいた♥」

扉についた鈴がちりんちりんと鳴って、三人の女性客の訪れを知らせます。

「いらっしゃいませ、三名様ですか?」
「そうでーす。ちっ、あの美形の外人さんが良かったのになぁ~」
「すみません、彼は休憩中なのでっ!」

クィン以外の店員さんが応対をすると、そのお客さんたちは堂々と不平を仰ったので驚いてしまいました。クィン目当てでいらっしゃる女性客が多いのかなとは直ぐに分かりましたけれども、まさか本当にそうだったとは。
きょろきょろと店内を見渡してみますと、ランチタイムが過ぎた頃ですのでお客さんの数は少ないのですけれども、皆さんの視線はクィンに向かっています。

「キューがバイトに来るようになってから、お客さんの入りが異常でね。売り上げが増えるのは良いんだけど、ちょっとしたトラブルも増えて、嬉しいような悲しいようなって感じだよ」

それまでは気侭な喫茶店経営だったんだけどね、と、こそっと恒さんが教えてくださいました。

「どうぞ、朝雪」

いつの間にか席を離れていたらしいクィンが、木製のお盆の上に載せていたシチュー皿と十字の切り込みの入ったパンとドライフルーツの入ったパンのようなケーキのようなものを私の目の前に置きました。
見たことのない料理ですけれど、これは何でしょうか?

「いつだったか、僕の故郷の料理を 食べてみたいと仰っていたでしょう?ですから、恒さんに許可を貰って作らせて頂きました」
「んで、キューの料理が美味かったら、うちの店のメニューに加えようかと思って。さっちゃん、正直な感想をおじさんに教えてね」

肉じゃがに似ているものはアイリッシュシチュー、切り込みの入ったパンはソーダブレッドというそうです。
確か小学生くらいの時にクィンの故郷であるアイルランドの話を聞いて、『アイルランド料理を食べてみたい』と言ったことを、貴方は生真面目に覚えていてくださったのですね。
凄く、嬉しいです。

「このドライフルーツの入ったものはバームブラックというもので、本来はハロウィンの時に食べるものなのですけれど、今日は特別に」
「ハロウィン……南瓜に感謝しつつ、小さな子が大人にお菓子を強請るお祭りでしたか?」
「違いますよ」
「ぶはっ、これかっ!キューとコメが言ってた、さっちゃんの天然ボケは……っ」

抱腹絶倒の様子の恒さんを、クィンが白い目で見ていました。
まあ、それは置いといて。お腹が減っておりますので、手を合わせて「頂きます」と言ってから、スプーンでシチューを掬って口に運びます。

「……美味しい、です」
「それは良かった。ちょっと忘れかけていたので、インターネットで調べてから作ったのですけれど、そう仰って頂けて何よりです」
「あの、クィン……有難う御座います。覚えていてくださって、嬉しかった、です……」
Fáilte romhat.(どういたしまして)

クィンが笑って私の頬を撫でると、店内の女性客が息を飲むのが聞こえたような気がしました。そして、カウンターの向こうにいる恒さんが苦笑いを浮かべます。

「キュー、中学生に手を出すのは犯罪だからな?」
「失礼ですね、恒さん。朝雪は高校二年生ですよ」
「マジでっ!?俺ってばてっきりお前がロリコンだったのかと思っちゃった!」
「ごほぉっ!!!」

クィンが、ロリコン、ロリ、ロリータコンプレックス……!?
食べている途中で驚いてしまったので、咽て咳き込んでしまいました。隣に座っている彼が私の背中を擦りながら、水の入ったコップを渡してくださいましたので、出来るだけゆっくりと水を飲みます。
はぁ、落ち着きました――。

「御免な、さっちゃん!俺、さっちゃんの年齢聞いてなかったから、中学生くらいだとばかり……!」
「い、いえ……気になさらないでください……っ!」

実年齢よりも幼く見られることにはなれております。中学生と間違えられるのも、割と多いのです。そう、慣れてはおりますが……!
もう少し身長が高ければ……いえ、出るところがしっかりと出ていたなら……!

「……人をロリコン扱いしておいて、僕には謝罪なしですか」
「お前は良いの、俺の立場はお前の雇い主だしっ。……御免、悪かった、そんな冷たい目で見ないで、お前顔が整ってるから余計に怖い!だがコメの次にだからなっ!?」
「……ひさ兄、ごはぁ~んちょうだぁ~い~」

恒さんがクィンに平謝りしているとカウンター席の向こう側、キッチンの出入り口からコメちゃんが現れました。目の下にクマが出来ておりますし、いやにヨロヨロしていらっしゃいますけれども、大丈夫なのでしょうか?

「コメ~、お前また徹夜しただろ。若いからって無茶すんな、そのうち身体壊すぞっ」
「だってぇ~、やり始めると夢中になっちゃうんですものぉ~……って、さっちゃんじゃなぁい♥」
「お久し振りです、コメちゃ……っ」

目の前に両手を広げたコメちゃんが現れたと思った次の瞬間、私の頭は彼女の豊満で柔らかい胸に押し付けられていました。

どうしましょう、息が出来ません。