Post nubila Phoebus

アシア連邦首都イーリオン 2 ―ゲネトリクス兄弟―

「すげ~……」
「格好良いね~……」
生まれて初めて目にする蒸気機関車と呼ばれる乗り物に感動する。少年組はぽかんと口を開けて言葉を失い、食い入るようにそれを見つめている。
広々としたイーリオン中央駅は、内外を問わず人々で溢れ、喧しいほどに賑わっている。流石はアシア連邦の交通の要だ。

「ところで、ソウシ様たちはアシアに何をしにやって来たの?」
肝心なことを訊いていなかったと思い出したトウカは、隣にいるソウシに尋ねる。
「人を捜してんだよ。ただ、人間の行きそうにねえ所にいるかもしれねえってことしか、分かってねえっていうか……」
「……人間の行きそうにない所?」
随分と曖昧で不確かな情報なので、彼女は訝るように眉を寄せた。
(デミウルゴス捜してますって正直に話したところで、馬鹿みたいなことを言ってるとしか思われないよねー)
百聞は一見に如かず。実際に目にしなければ、その存在を認めはしないだろう。
彼女とは長く付き合うことにはならないはずなので、デミウルゴスの話はしない方が良いとソウシは判断した。しかし、どの程度まで話して良いのかが分からないので、結局は曖昧に説明せざるを得ない。
アキヒはソウシを一瞥すると、再び蒸気機関車へと目を戻した。
「えぇと……廃墟とか未開の地……と言ったら良いのかしら?」
トキワが困り顔で助け舟にもならない事を言うと、トウカの顔がより一層渋いものになる。
「そんな場所、アシアには山ほどあるわよ?」
「え?」
それは予想外だと、コガネは目を丸くした。
他国で言われているような先進国としてのアシアは、実はアイガイア海側の地域のみで、その他の地域は昔ながらの生活で暮らしをしていたり、発展途上だったりするのだと彼女は告げた。

「アシアの方が交通の便が良いと仰ったのは、何処の何方でしたかねぇ?」
「……悪かったね、勉強不足で!」
嫌味を言われたアキヒは、力の限りハゼを睨みつけた。彼の言葉以上に、自分自身に腹を立てる。情報収集能力、そして知識の深さは賞金稼ぎを生業とする者には必要不可欠な要素だからだ。
直ぐ傍には野性の勘で生きている賞金稼ぎがいるのだが、そのことには今は目を瞑る。

「アシアの人間は無神論者か、其々の地域に根ざしている信仰を大切にしている人に大きく分けられるの。特に前者は、アイガイア海側に多いわ。ヘレネスやアルカディアの人々が多く信仰しているらしい、神代に造られたオリンポスの神々を祀る神殿は各地に残されてはいるけれど、殆どが廃墟と化しているわね」
先進国として世界に名を轟かせている国家に残された古い時代の遺産は、多くが打ち壊されたり、放置されたりしているのだとトウカは説明してくれた。
「そもそも、手掛かりが少なすぎるんだよなー」
「俺はちゃんと言いましたよ、面倒だと」
ぼりぼりと頭を掻きながら溜め息混じりにソウシが呟くと、ハゼが面倒臭そうに横槍を入れた。
「うるせぇ、知ってらぁ……」
ここで怒鳴ってはいけない。挑発に乗ってしまっては、彼の思う壺だ。額に青筋を浮かべるが、ソウシはどうにか堪えた。
「う~ん。やっぱりさ、黎明の時代に関係するんだから、その時代に関係する場所にいるんじゃないか?」
此処までやって来て早くも手詰まりかと誰もが思ったその時、コガネはがぽんと手を叩く。
「そうだとは限りませんよ?浅はかですねぇ……」
「というのも、外れているかもしれないだろ?」
何処にいるのか分からないということは、何処にでもいる可能性だけはある、そう言ったのはあんただろう?
(おや……)
予想外の切り返しに、珍しくハゼは舌を巻いた。
「手掛かりが少ないんだ、行き当たりばったりでいってみるのも一つの手段だろ」
宛てもなく行き当たりばったりで始めた旅立ったが、ここまでどうにか辿り着くことが出来たという自負があるのかどうかは知らないが、コガネは開き直ったようだ。

「トウカちゃん。黎明の時代以前から既にアシアに存在したものとか、何でも良いのだけれど……知らないかしら?」
「イーリオンには神代からその場にあったって言う、オリンポスの戦女神アテナの神像『パラディオン』がある……わね。私が知っているのはそれくらいだわ。興味がないから、あまり詳しくはないの」
トキワが柔らかに尋ねると、トウカは暫く考え込んでから答えた。
(……あ、そうか。もしかしたらシリウスは、リゲルやベテルギウスみたいに何かに封印されているのかもしれないのか)
ふとそんな考えに行き着いたコガネは、ハゼに小声で尋ねてみる。すると、「否」と返事が来た。これで一つ、可能性が消え失せた。
「そうだわ。トウマなら知ってると思うわ」
トウカは大事なことを思い出したとばかりに、ぱあっと顔を輝かせる。
「トウマ?」
この場にはいない第三者の名前に、アキヒは首を傾げた。
「私の双子の弟よ。頭でっかちの学者でね、色んな事に詳しいのよ」
そういうわけだから、直ぐにでも家に戻ろう。彼女は笑顔で言ったが、コガネは釈然としない。
「……少し前まで、家出してやるって言ってなかったか?」
小一時間前、コガネを踏み潰した彼女は間違いなく家出を宣言していた。目だけを動かして周囲を見渡すと、ソウシ、アキヒ、トキワが一斉に頷いた。
「五月蠅いわね。細かい事に拘っていると、早く禿げるわよ」
「はあっ!?」
実のところ、言いたくて仕方がなかったのだが、トウカは我が道を行きすぎではないだろうか。
コガネが苦言を呈しようと口を開きかけたその時、彼女は突然彼の前髪をかき上げ、にんまりと、悪魔のような笑みを浮かべた。
「あんた、ちょっとデコが広いわね」
コガネの硝子の心が大きな音を立てて砕け散っていったのは、言うまでもない。

***************

「デコ……広い……」
生え際が段々と後退していく恐怖に慄いているコガネを余所に、その原因を作ったトウカはソウシの腕をしっかりと捉え、楽しげに会話をしている。その彼女とソウシを挟むようにして歩いているアキヒの目は、見事に吊り上っていた。
「気にしないの、男の子でしょう?」
「……うん」
海藻類を沢山食べたら良いのだと、トキワが傷心のコガネを慰めている。「それは迷信ですよ、残念でしたね」とハゼが聞こえるように呟いたのがしっかりと耳に入ってきたが、コガネは聞こえなかった振りをして黙殺した。
大きく息を吐いて、気持ちを切り替える。

トウカの家へと向かう道すがら、出身地は何処だという話になり、盛り上がる。
「ふうん、コガネはデルフォイっていうところの出身なの。名前だけは聞いたことがあるわ。ついでに、孤児院育ち」
「……悪いかよ」
馬鹿にされたと感じたコガネは、顔を顰めた。
デルフォイでも、孤児院暮らしだというだけで『可哀想な親なし子』という目で見られることは少なくはなかった。必ずしも悪意を持っている人間ばかりではないことは分かっていたが、正直な話、そういった目で見られるのは好きではないし、気分も良くない。
「悪かないわよ。私だって若しかしたら、孤児院で育ってたかもしれないし。第一、孤児院育ちだからというだけで、人間の価値が決まるわけじゃないわよ」
彼女は決して、悪気があって言ったわけではなかったようだ。

――孤児院で育ったからと言って、その人が必ず可哀想な人間になったり、心が貧しい人間になったりするわけではないんだよ。

トウカの言葉が耳朶に触れた時、オルフェウスの穏やかな顔が脳裏に浮かんできた。
(……院長先生や皆、元気かな?)
彼らを懐かしく思った事に、今更ながらにデルフォイを出て一ヶ月以上が経過している事に気が付いた。思わず、ふっと笑ってしまう。
「何を急に笑い出してんのよ?」
「え?ああ、うん。ちょっと、院長先生の事とか思い出して、さ」
今頃、幼い子供たちに手を焼いているだろうか。時折、自分とマシロのことを思い出して心配してくれているだろうか。そんなことを考えるだけで、心が温かくなってくる。
「思い出し笑いって事は、その人はあんたにとって大事な人なようね」
「そりゃあ、大事だよ。オルフェウス先生がいなかったら、俺は此処まで大きくなれたか分からないよ」
「……オルフェウス?」
コガネがその名前を口に出した途端、トウカの顔色が変わる。
「あんたの大事な院長先生は、オルフェウスっていうの?」
「ん?うん、オルフェウス……あれ、名字は何だったかな。……そうそう、オルフェウス・ムサゲテス……だったかな?」
オルフェウス・ムサゲテス――デルフォイの孤児院の院長の正式名称を耳にしたトウカは目を見開いて、唐突に足を止めた。
「……どうかしたのか?」
可笑しな事でも言ってしまったのだろうかと不安になったコガネが、彼女の顔を覗き込む。急に視界にコガネの顔が入って来た事で、トウカの意識は現実に引き戻された。
「な、何でもないわ!……あんた、『良い人』に育てられたのね」
「……?うん、有難う」
オルフェウスの事を誉められたのが嬉しいのか、コガネは少しだけ顔を赤くする。
トウカの言った『良い人』の意味合いは、言った側と聞いた側では違いがあることには、今のところは誰も気が付かない。
――一部の人間を除いては。

***************

賑やかな繁華街を抜けて暫く進んでいくと、町並みは閑静な住宅街へと姿を変えていった。その区画に建ち並ぶ建物は、民家というよりは御屋敷と言った方が良い代物ばかりで、コガネは何となく雰囲気に気圧される。

「――止まって」
不意にトウカが言うので、コガネは危うく躓くところだったが、どうにか踏ん張って堪えた。
「ちっ、やっぱり張ってやがるわね」
建物を囲む塀の角から何処かを覗き見ると、彼女は忌々しげに一人ごちた。
建ち並ぶ屋敷の中でも一際大きな屋敷の周囲を、トウカを追ってきた偉丈夫が連れていた警備兵と同じ格好をした者たちが取り囲み、厳重に警備をしている。
彼女が「張ってやがる」と言ったということは、警備兵がいるあの屋敷に用があるという事だ。
そういえば、自分や他の者の身の上を多少は話したが、イーリオンで暮らしているという事以外は彼女からは何も聞いていなかった。
(……もしかすると、トウカってお金持ちの子なのか?)
それにしては、色々と素行や言動に問題があるようだが。
「仕方がないわね、付いてきて頂戴」
トウカは颯爽と踵を返し、一行を住宅街の外れへと連れて行く。
人気が全くない一角の地面には、妙に不自然なマンホールが設置してある。マンホールの蓋を開けて、彼女はその中へと入っていく。

マンホールの中は、地下水道へと繋がっていた。
「私が秘密裏に作った脱走経路の一つなのよ」
自慢気に語るトウカに導かれるままに進んでいくと、色味の違う壁のある場所に辿り着く。
彼女がその不自然な壁に付いている取っ手に手を掛ける。どうやら、その壁は扉のようだ。扉の向こう側には人一人が充分に入れるほどの広さの隠し通路になっており、梯子が掛けられていた。
梯子を上っていくと、屋敷の中と思われる一室に出る。
部屋の中を見渡すと、女の子が好みそうな可愛らしい縫い包みや鏡台が置かれている。恐らく、彼女の部屋なのだろう。
(脱走にする為にあんな仕掛け作るなんて、色々と凄い女の子だな……)
その努力を他の方向へと向けた方が、彼女の利益となると思うのだが。だが、コガネは決して口外はしなかった。彼女と出会って未だ間もないのだが、その短い時間で培った経験がそうさせた。
余計なことは言わない方がいい、と。
「よし、潜入成功!後はトウマに接触するだけよ」
隠し通路の入り口の上に大きな縫い包みを置いてから、トウカは意気揚々とベランダへと出て行った。

***************

「トウマ~、いる~?」
隣室と繋がっているベランダから顔を覗かせ、トウカが双子の弟に声をかけたその時だった。
「ヘクトルお兄ちゃんもいるぞ」
「げっ!!!」
威厳漂うバリトンヴォイスを耳にした途端、トウカは反射的に素早く身を翻して逃走しようとするが、あっという間に捕獲され、逃げられないようにと羽交い絞めにされた。
「あ、トウカを追ってきた小父さんだ」
見覚えのある偉丈夫の登場に、顔だけをベランダに覗かせたアキヒが呆気に取られる。
「あの時は嘘を吐いてくれて有難う、愛らしい御嬢さん」
「僕は男です」
青筋を浮かべて顔を引き攣らせたアキヒが即座に訂正をすると、偉丈夫は「これは失礼した」と詫びて会釈をする。
そして、眼下でじたばたと暴れる少女に語りかけた。
「無駄な抵抗はよしなさい、カサンドラ。お前のことだ、何かあれば必ずヘレノスを頼りに戻るだろうと予測していた。ヘレノスに狙いを定めて、あの時わざと逃がして正解だったようだな」
二、三日中に捕獲する予定だったのだが、こんなにも早く捕獲出来たのは喜ばしいことだ。偉丈夫は、自画自賛する。
(『カサンドラ』?ん?若しかして、『トウカ』は偽名なのか?)
どちらが正しい名前なのだろう。状況が把握出来ず、傍観者と化しているコガネは、そんなことを考えた。
「ご、御免なさい、トウカちゃん……」
大きな本棚の物陰から、大人しそうな顔をした少年がのろのろと現れる。
「トウマぁ~、裏切ったわね!?それでも双子の弟なの!?」
勝ち誇った顔をする偉丈夫と、姉の報復を恐れて震えている少年を交互に見て、トウカは悔しそうに歯を食いしばる。
「で、でもね、ヘクトル兄さんにも父さんにも立場とか世間の柵だとか、色々とあるんです。御願いだから、理解してあげてください……」
「へっちゃんの立場なんて知ったこっちゃないわよ!親父に言われたからって、可愛い妹を監視するような中年は兄貴なんかじゃありません!誰が……五十過ぎのバツイチビール腹な中年親父、しかも天辺ハゲタカと見合いするかぁ!見合いさせるなら美形連れて来い、美形!!!」
恐る恐る懇願する双子の弟に対し、姉はぎゃあぎゃあと喚きたてる。さりげなく、見合い相手の注文までもしている。
年の離れた妹のあまりの言動に、『へっちゃん』と呼ばれた兄は頭を抱えたくなってきた。
「……仕方がなかろう。父上にも事情があるのだぞ、カサンドラ。先方はお前と見合いさせてくれれば、その見返りとして、新たな海運事業への出資をより一層捻出してくださると約束してくださったのだ」
この機会を逃してしまうと、新たな出資者探しに手間を取られ、計画の遅延の原因となる。国家の一大事なのだと、兄は妹を説得する。
「だからって、娘を売るような真似すんな!ていうか、それって裏取引じゃないの!?今のところ、アシアで一番の地位にいる奴がそんなことして良いの!?」
「落ち着け、カサンドラ。何も、政略結婚をしろと言っているのではないぞ。ただ、見合いをするだけだ。先方を運命の相手とするか否かは、お前の自由。つまり、断っても良いのだ。好条件ではないか」
「嫌だって言ったら嫌なのよ!へっちゃんの馬鹿!!!」
暴れるトウカと、それを拘束している兄を、弟がおろおろしながら眺め、更にその様子をコガネたちが遠巻きに眺めていた。
(……完全に蚊帳の外だな、俺たち)
当初の目的は何処へ消えていってしまったのだろうか。いっそ諦めて、此処から逃亡しようかなどと考え始めているコガネがいた。

「あの……水を差すようで申し訳ないのですが……」
このままでは埒が明かない。意を決したトキワが前に進み出た。
「如何なされたのかな、麗しい御嬢さん?」
「貴方方はどういった立場の方々なのでしょうか?状況がよく飲み込めていないのですが……」
偉丈夫は妹を拘束する手を離し、咳払いをすると恭しく一礼した。
「これは失礼致した。小官はアシア連邦海軍所属、イーリオン艦隊指揮官ヘクトル・ゲネトリクス大将であります。これは妹のカサンドラ・トウカ、そしてこれが弟のヘレノス・トウマです。以後、お見知り置きを……」
「ゲネトリクス……?」
どこかで聞いた事のある名前だとは思うのだが、頭が混乱しているのか、なかなか思い出せないでいるアキヒが首を傾げる。
「アシア連邦大統領プリアモス・ゲネトリクスは、私たちの親父よ」
やさぐれたような面持ちで放たれたトウカの言葉に、コガネたち一行は一名を除いて凍りついた。
(え、ということは、此処って大統領の屋敷……?)
大統領令嬢に導かれたとはいえ、自分たちはアシア大統領の屋敷に不法侵入してしまったことになるのではないだろうか。一名を除き、彼らはとんでもないことをしでかしてしまったと恐怖に脅えた。
――しかし。
(……トウカはお金持ちの子なのかな、とは思った。確かに思ったけど……)
(……これが、大統領令嬢?)
『お嬢様』と呼ばれる存在は、淑やかで優雅で気品溢れる女性のことを言うのではなかっただろうか。
少年組が抱いていたお嬢様像が、豪快に音を立てて崩れていく。そんな二人の少年を眺めていた大人――ハゼが「現実はこんなものですよ」と、ぼそりと呟いたのが聞こえた気がした。

「兎に角、どんな理由があろうとも、私は絶対に見合いなんてしないわよ!私はソウシ様と結婚するんだから!!!」
トウカはソウシの下へと駆け寄ると、力強く彼女の腕を掴み、ヘクトルに向けて宣言した。
彼女の爆弾発言にヘクトルやヘレノスは勿論のこと、花婿にされたソウシと少年組が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
(ああ、話がどんどんおかしな方向へ……)
トキワはがっくりと力無く項垂れる。ハゼは他人事だと割り切って、傍観に徹していた。
「……って、えぇ!?今日会ったばかりだろ!?」
いくら何でも展開が早すぎるだろう。我に返ったコガネは、すかさず突っ込みを入れた。
「愛に時間なんて関係ないわよ!!!」
「一体いつの間に育んでたんだよ!?」
「コガネ、律儀に突っ込まなくても良いと思うよ!ちょっと、ソウシ!ぼけっとしてないで、早く誤解を解いてくれないかなぁ!?」
目を吊り上げたアキヒが、呆然としているソウシに剣突くを食わす。彼女はぼりぼりと頭を掻いた後、必死にしがみ付いているトウカの目を真っ直ぐ見つめた。
「俺はな、トウカとは結婚出来ねえぞ?」
「っ!どうして、ソウシ様!?」
トウカは瞠目して、彼女に詰め寄った。

「だって俺、女だし。女同士じゃ、結婚出来ねえだろ?」

「「「え?」」」

ゲネトリクス兄弟の思考は停止し、石像のように動かなくなってしまった。
「……う、嘘おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!?」
トウカの悲痛な叫びが、広い屋敷中に空しく響き渡った。

「やれやれ、一時はどうなることかと思いましたが、とりあえず、収拾がついたようですので良かったですねぇ?」
「……ハゼさん、楽しそうね?」
呆れた顔で、トキワが目だけを動かして彼を一瞥すると、彼はにっこりと微笑んだ。
「はい、所詮は他人事ですので」
その声は、嫌味なほど爽やかだった。