Post nubila Phoebus

アレスの丘(アレイオス・パゴス) ―王都アテナイ―

「二人が言ってた通りだな。人の多さが半端じゃない……」
王都アテナイに到着し暫く歩いたところで、田舎育ちのコガネとマシロは眼前に広がる光景に驚き、目を丸くする。
エレウシスの町も人で埋め尽くされているように感じられたが、流石は王都と言うべきか、その比を遥かに凌駕している。気を抜くと、道行く人と肩をぶつけてしまいそうになる。
注意して歩かなければならないなと、コガネは気を引き締めた。

しかし、この往来の激しい通りの中でいつまでも突っ立っているわけにはいかない。はっきり言って、通行の邪魔になるばかりだ。
一先ずトキワの用事を済ませてから、アレイオス・パゴスへ向かおう。そう決めた彼らは、人混みの中を掻い潜り鍛冶屋へと赴く。

「アテナイの略中央に位置しているのが、女神アテナを祀るパルテノン神殿があることで有名なアクロポリスだよ」
鍛冶屋へと向かう道すがら、アキヒはコガネとマシロに観光案内をしている。その横では、ソウシとトキワが世間話に花を咲かせていた。
「アクロポリスの南側にはね、ディオニュソス劇場っていう野外劇場があるんだ。一万五千人以上も収容出来る広さだから、現在は専ら式典会場として利用されることの方が多いみたいだよ」
「へぇー」
「とっても詳しいんだね、アキヒちゃんは」
二人の素直な反応に満足したアキヒは嬉しげに、ふふんと鼻を鳴らし、更に説明を続けた。
アクロポリスから東へ進むと、黒味を帯びた石で造られたアテナイ王宮がある。元々その場所に立っていたのは大神ゼウスを祀る神殿だったのだが、ヘレネス王国建国時、廃墟と化していた神殿を改築し、現在の姿へと生まれ変わらせたのだと言われている。

アキヒの説明に感心しつつ、コガネはふと気が付く。
「それで、アレイオス・パゴスは何処にあるんだ?」
「え?場所も知らないのに目指してたの?」
唐突過ぎる質問に、アキヒが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたので、コガネは内心「しまった」と思った。
「……院長先生に訊くの……忘れたんだ。それで、アテナイに着いてから人に訊けば良いかな~って思ってて……」
「……君も、ソウシみたいに物事を深く考えないで突っ走る類の人間なんだね」
どこか憐れみを帯びた目で見つめられたコガネは、とても複雑な気分になる。ところどころ思い当たる節があるので、否定出来ない。
(うぅ……絶対に呆れられてる……っ!)
恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうになっているコガネの肩をトキワがそっと叩いた。
「大丈夫よ、結果として目的地に辿り着ければそれで良いと思うわ。だから直ぐに落ち込まないの、男の子でしょう?」
頭を撫でながら慰めてくれる彼女が、女神に見えたような気がした。
「ま、いいんだけどね、ソウシで慣れてるからさ。アレイオス・パゴスはね、本来アクロポリスから北に行った先にある丘のことをいうんだ」
その丘の上に建っているので、いつしか最高裁判所、兼図書館はその丘の名で呼ばれるようになったのだと、アキヒはけらけらと笑いながら教えてくれた。

そんなこんなしているうちに、一向は一つ目の目的地である鍛冶屋へと到着する。

***************

アクロポリスと王宮を繋ぐ目抜き通り沿いに、鍛冶屋はあった。
色取り取りの色硝子が嵌め込まれた扉を開けて、勘定台に立っている中年の婦人に声をかける。
「こんにちは。此方の御主人に斧の作成を依頼した、トキワ・ナイオスという者ですが……」
「ああ、はいはい!主人から話は聞いてるよ。ちょっと待っていておくれね」
事情を把握した夫人は店の奥へと姿を消す。暫くして、布に包まれた大きな物を載せた台車を牽いて戻ってきた。

「こんな感じに仕上がったんだけど、如何かねぇ?」
布を取り払い、中から出てきた物を見た彼女はにっこりと微笑んだ。その出来具合が、お気に召したらしい。
中から出てきたのは、樵が使う斧というよりは屈強な戦士が使う戦斧と言った方がしっくりくるような代物だった。
「……それ、大きさがおかしくないか?」
予想外の代物を目にし、血の気が引いて顔面蒼白となったコガネが呟く。ソウシとアキヒは顔色に変化はないが、目が点になっている。マシロに至っては、大変興味深そうにそれを眺めている。
「あら、そうかしら?私にはこれくらいがちょうど良いのだけれど……?」
そんな馬鹿な!
マシロを除く三人の心が一つになった瞬間だった。
相当の重量があるであろうその斧を、彼女は片腕で軽々と持ち上げて見せた。今度ばかりは、ソウシとアキヒも顔色を変えた。
「持ち心地はどうだい、御嬢さん?」
「とても良いです、良い仕事が出来そうだわ。依頼して正解でした、有難う御座います」
新しい斧の感触をしっかりと確かめた彼女は、代金を支払う。
――あの細腕のどこにそんな恐ろしい力が……!?
マシロは単純に彼女の怪力に感動し、他三人は恐ろしいものを見てしまったと、冷や汗を滝のように流して硬直してしまった。
「さあ、これで私の用事は済んだわ。付き合ってくれて有難う。それでは、行きましょうか?」
こうして彼らは二つ目の目的地、アレイオス・パゴスを目指す。

もう一度目抜き通りを潜り抜け、アクロポリスを通り過ぎる。
コガネたち一行と擦れ違った後、数歩ほど歩いてから、道の真ん中で不自然に足を止めた人物がいた。
「……リゲル・プラクシディケ?」
彼らが向かっていった方向を見つめて、誰かがぽつりと呟いた。

***************

「これが……アレイオス・パゴス……」
荘厳な空気を醸し出す重厚な石造りの建物の存在感に圧倒され、コガネは思わず息を飲んだ。
デルフォイの神殿と同様に歴史を感じさせる最高裁判所の中へと入り、アキヒの案内で図書館を目指す。アレイオス・パゴスは二棟で構成されており、手前の建物が裁判所、奥の建物が資料館を兼ねた図書館となっている。

「うわー……」
話には聞いていたが、実際に目にして見るとその本の多さに面食らう。
空間いっぱいに敷き詰められているのではないだろうかと思ってしまうほどの本棚の山を目の前にして、コガネは頭が痛くなってくる。
(俺、無謀すぎだ……!)
改めて、己の無謀さ加減を認識した。
「俺は……本の山を、並べられた文字を見るだけで憂鬱になってくる……」
未だ何もしていないというのに、ソウシは虚ろな目で明後日の方向を見つめ、現実逃避をし始める。
「手伝うって言ったのはソウシなんだから、ちゃんと責任は果たしてよねー。この中で一番年上なんだからさー」
冷たい眼で相棒を一瞥し、アキヒは彼女を窘めた。
「あら、本を持ち込んで話し合いをしても良い談話室があるようね。借りた方が良さそうだから、借りてくるわ」
トキワが気を利かせて、受付で談話室の使用許可を取ってきた。調べる事柄の目星をつける為、彼らは談話室へと移動した。

「コガネの話だと、神殿に一番詳しい人がリゲルの存在を知らなかったんでしょう?だったら、神殿については、もう調べなくても良いってことだよね?」
席について早々、アキヒが口を開く。
「いえ、やはり神殿の事も調べてみたほうが良いと思うの。もしかしたら、ということがあるかもしれないでしょう?」
トキワの意見に、「それもそうだね」とアキヒは反対することなく頷いた。
「……」
マシロはどこか上の空で、虚空を見つめている。
ソウシに至っては頭脳労働をすることを放棄し、机に突っ伏して眠りを貪っている。彼女が大人しいのを良い事に、コガネたちと議論を交わしながら、アキヒは彼女の頭を弄って悪戯をしていた。
「リゲルが使った、魔物を呼び出す魔法についても調べたほうが良いか?」
「そうだね、思いついたことはとにかく何でも調べてみようか。情報が少ないし、何を調べたらいいのか漠然としていて特に思いつかないしね」
そうなると、『魔導書』が絡んでくる。それは魔法を扱える者や研究者でない限り、閲覧を許されていない特別な物だ。一般人のコガネたちでは、閲覧することは出来ない。
「魔導書ではなくても、どういった種類の魔法があるのか、それくらいなら私たちでも調べられるのではないかしら?そうね、魔法入門……と言ったらいいのかしら?」
魔法に関しては明るくないので何と言ったら良いのか分からないと、トキワが苦笑する。
「とにかく、この二つに絞って調べる事にしよう!」
とりあえず方向が定まった事に安堵しているコガネの目に、浮かない顔をしているマシロの姿を飛び込んできた。

(……どうしよう、早く言った方が良いのに……でも、言い出せないよ……っ)
闇の中で、リゲルが言っていた言葉が脳裏の浮かぶ。
――『普通の魔導師』には決して解除は出来ない類の魔法。
この事を彼らに伝えなければ。
だが、それを伝えるとリゲルを押さえているのではなく、リゲルが大人しくしているだけなのだと、マシロとリゲルは意思の疎通が出来ているのだと知られてしまう。
知られることが怖いのもあるが、こうして調べることは無意味なのだと断言してしまうようで、気が引ける。
(余計な心配、かけたくない。だけど……)
勇気が出ず、マシロは一歩を踏み出せないでいる。

「マシロ、具合……悪いのか?」
不安げなコガネの声が耳に入り、マシロの意識は現実に引き戻される。
「そ、そんなことないよ、大丈夫!えっと、じゃあ、分担しよっか!」
心の内を悟られまいと、彼女は何でもない振りをした。
(……おかしい)
確実に隠し事をしている時の反応の仕方だ。長い付き合いで培われてきた勘が、そう告げる。けれど、何故かコガネはそれ以上追求することをしなかった。おかしいと思いつつも。
「じゃあ、僕とトキワで神殿を調べるよ。僕たちはデルフォイの出身じゃないから、何か気がつくかもしれないしね」
「分かった、俺たちは魔法を調べるよ」
「と、いうことに決まったから、ソウシ、起きて!頭脳労働が向いてない事は百も承知だから、せめて本の運搬作業くらいは手伝ってよね!」
熟睡しているソウシの身体を思い切り揺さぶり、覚醒を促す。
「んお?おー、わーったー……」
のろのろと起き上がり、ぼりぼりと頭を掻いたソウシは自身の頭に起きている異変に気が付く。
「アキヒ――――――――――っ!!!」
「図書館ではお静かに~。これ、常識だから」
烈火の如く怒り狂ったソウシがアキヒに襲いかかろうとするので、コガネとトキワが大慌てで彼女を取り押さえる。彼女を怒らせる原因を作った張本人は慣れているのか、至って平然としていた。

作業を分担して、彼らは早速調べ物を始める。
アキヒ・トキワ班は不思議に思った点をマシロに尋ねて確認したり、コガネ・マシロ班は魔法と文字打ってある本を片っ端から持ってきては目を皿のようにして調べた。ソウシは持ってきた本を元の場所に戻す作業で大忙しだ。
「んあ~~~、特に目ぼしい記述が見当たらないぃ~~~~~~っ」
進展がない事に苛立ったアキヒが、鮮やかな赤毛をがくしゃくしゃにする。
「そうねぇ……」
トキワは苛立ってはいないが、深々と溜め息を吐いた。
「こっちも、まるで収穫なしだ。やっぱり、魔導書じゃないと載ってないのかなぁ……」
予想はしていたのだが、こうも見事に進展せず時間だけが無常にも過ぎていくだけだと、徐々にやる気が失せていく。一行はがっくりと項垂れた。

「……創造主(デミウルゴス)

マシロが不意に、呟いた。
「デミウルゴス?何だそれ?」
辛うじて聞き取れる程度の音量だったのだが、マシロの口から零れ出てきた言葉にコガネが反応する。
(えっ、私、口に出しちゃったの……!?)
動揺した彼女は、身を強張らせる。
「聞いたことのない言葉ねえ?」
「それって、リゲルに関係してるの?」
「え、えっと、分かんない……。急に思い浮かんできただけで……関係があるのかないのか……」
それは闇の中でリゲルが呟いた言葉なのだが、マシロには意味が分からない。
目を白黒させて、しどろもどろに答える彼女を見て、コガネは確信する。何かを隠しているのではないだろうかと思ったことは、当たりだと。
「んじゃ、次はそれを調べてみようか~」
「おー、デミグラスソースなー」
「デミウルゴスよ、ソウシさん」
積み重ねられた本を持って、ソウシ、アキヒ、トキワの三人は新たな本を求めて談話室から出て行った。

「……マシロ、何か隠してないか?」
三人の後に続いて歩き始めたマシロを、胡乱気な表情をしたコガネが呼び止める。
「そ、そんなこと、ないよ?」
彼女は振り向かずに答えた。顔を見せてしまえば、気が付かれてしまうからと。彼女の努力も空しく、彼女の声音と様子でコガネは直ぐに気が付かれてしまうのだが。
「本当に?……だったら、こっち向いてくれよ」
「……何でもないよ!コガネには関係ないんだから!!!」
もう一度問いかけると、耳を劈く鋭い声が返ってきた。滅多に聞くことのないその声に驚き、コガネは言葉と表情を失う。
「……あ」
自分の口から出た思いもよらぬ言葉が信じられず、彼女は両手で口を塞いで暫し放心した。何という事を言ってしまったのだろうか。心配をかけたくないという思いが強すぎて、それが裏目に出てしまったようだ。
「……なら、良いんだ。疑って悪かった、御免……」
平静を装ったつもりだったのだが、残念ながら僅かに声が震えた。二人の間を漂う微妙な空気に堪えられず、コガネは足早に彼女の傍を通り抜けていった。

それから彼らは『デミウルゴス』という言葉について色々と調べてみたのだが、その言葉の正体は掴めず、結局何も手がかりを手に入れることは出来なかった。
閉館時刻が訪れたので、また明日出直して調べる事にして、彼らは図書館を後にした。

***************

「あー、デミウルゴスが何なのか、全然分からなかったねー」
その言葉が意味するものまでは分かったのだが。当分の間、出来ることなら文字はあまり読みたくないとぶつぶつ文句を言いながら、疲れ果てた様子のアキヒはベッドに倒れこみ、やや硬めの枕に顔を埋める。
昼過ぎから夕方までの間、休むことなく本との格闘を繰り広げたが大した成果は挙げられなかった。
「悪い、俺の考えが甘すぎた……」
「気にすんなよ。何も分からねえに近いんだ、仕方がねえさ。まだ資金には余裕があるから、ゆっくり探そうぜ」
コガネの隣にどっかりと腰を下ろして、ソウシは少々力強く彼の背中を叩いた。
「急いては事を仕損じるって言うしね~」
しみじみとアキヒが呟くと、ソウシはそれを鼻で笑った。
「それ、お前にこそ相応しい言葉じゃねえかよ」
「はぁ!?喧嘩売ってんの、ソウシ!?」
その意見には納得がいかないと、アキヒが激昂する。二人の間に火花が飛び交い、睨み合いはやがて口論へと発展を遂げる。二人に挟まれたコガネは、やれやれと面倒臭がりながらも仲裁役を買って出る。仲が良いのからこその口喧嘩なのだと分かっているからだ。
「仲良しさんなのは良いことなのだけれど、少し、静かにね?」
唇の前に人差し指を立てて、トキワがにっこりと微笑みながら此方を眺めている。
「疲れているみたいだから、このまま寝かせてあげましょう?」
彼女の後ろには、ベッドの上ですやすやと寝息を立てているマシロがいた。それを確認した二人は、慌てて口を噤んだ。
「あれだけ読めば、そりゃあ疲れるだろうよ。早いとこ飯食って、俺たちも寝ようぜ」
「ソウシは本を運んでただけじゃないさ……」
それだけで何故に疲弊するのかと、アキヒは苦々しげに顔を歪めた。
「持ってきた本を元の場所に戻すだけでも一苦労してたんだっつーの。どれも一緒に見えるんだぜ、本ってやつはよ……」
どれも一緒に見えてしまうその目が特殊なのではなかろうか。
アキヒは突っ込みたい気持ちに駆られたのだが、喉から先には出さずにおいた。そうしてしまうと、再び口論となることは目に見えている。その所為でマシロを起こしてしまっては申し訳ない。

「それにしてもさ、デミウルゴスって何なんだろうね?」
それが分かればもっと捗るだろうに。
そろそろ夕飯を食べに行こうかということになり、ソウシとアキヒが扉に向かい、ドアノブに手をかけたその時だった。

「おや、何も知らずに調べていたのですか?」

それはそれは滑稽なことを。
全く聞き覚えのない声が、何処かから響いてきた。
扉の傍にいる二人は素早く得物を手にして、何者かの気配を探る。トキワはマシロを背にして、窓の外の闇を睨みつける。コガネは鞘から刀身を抜き払い、いつでも対応出来るようにと構える。
「アレイオス・パゴスの図書館には、ヘレネス王国建国以降の文献と、現在に至るまでに領土となった旧国家が所有していた文献しか置かれていません。ですから、貴方方が求めるものはあそこでは決して手に入れられはしませんよ」
姿を見せず、気配も感じさせない部外者は、何が可笑しいのか喉を震わせて楽しげに笑う。
「……誰だ!俺たちに用があるなら、ちゃんと姿を見せろよ!」
剣の柄を握り締め、コガネは虚空を睨みつける。つぅ、と、冷や汗が頬を伝い、床へと落ちた。

「俺ですか?」

急に、耳元で声がした。
今の今まで感じられなかった気配を背中に感じる。首筋には、研ぎ澄まされた刃が突きつけられていた。
(嘘だろ、何も感じなかったのに……!)
部屋の出入り口にはソウシとアキヒがいる。目だけを必死に動かしてみると、閉まっていたはずの窓がいつの間にか開いていた。おかしい、其処はトキワが見張っていたはずだ。誰にも見つからずにコガネの背後に忍び寄ることは不可能なはずだ。
(くそっ、油断してたのか……)
形勢逆転を狙おうにも、ほんの僅かでも動けば刃が皮膚を傷つけてしまいそうなほど肌に密着しているので、それは出来ない。腕ならまだしも、首を犠牲にしては命の保障はない。悲しいが、コガネは大人しく侵入者に捕まっていることしか出来ない。
「ああ、動かれない方が良いですよ、其処の御二方。其方の御嬢さんもね。彼の命が惜しいでしょう?」
コガネの生殺与奪の権を握っている侵入者は、橙とも茶ともとれる色をした異様に長い前髪で顔の半分を隠している。穏やかな声で紡がれた言葉に、死角から近付こうと画策していた二人が、忌々しそうに足を止めた。
「……てめえ、何をしに来やがった?」
苦虫を噛み潰したような顔で、不愉快そうにソウシが尋ねる。
「何をしに来たように見えますか?」
侵入者は、質問に質問で返した。明確な答えが返って来なかったことに、問いかけたソウシではなく、傍にいるアキヒが腹を立てた。
「どうせ強盗か何かでしょ?だったら、残念だね。僕たちはね、貧乏なんだよ!脅されたって、びた一文たりとも払わないからね!」
それは、踏ん反り返って堂々と宣言するような事なのだろうか。
(……アキヒは人質を取られても、身代金を払う気は一切ないのか。流石は守銭奴……徹底してるな……)
人質としての価値はないと言われたも同然な事に、彼は全く気が付いていない。いや、気が付かない方が幸せなのかもしれない。コガネはどこか他人事のように、彼らの遣り取りを眺めていた。

「まさか」
侵入者はふっと笑みを溢す。
「そのようなことをしにやって来た訳ではありませんよ。俺の目的は、其処で眠っている御嬢さん――デミウルゴス、リゲル・プラクシディケの宿主を殺すことです」
声色は優しげで口調は柔らかいのだが、その口から出てきた言葉は物騒すぎるものだった。
(殺す?……マシロを?)
突然の事に、コガネの頭の中は真っ白になってしまった。